甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「――お疲れ様でした、お嬢様」

「……サインしただけよ、疲れてないわ。増沢こそ、疲れてるでしょ」

「いえ、お嬢様ほどではございません」

 私は、そう返され、眉を寄せる。
 すると、増沢は、苦笑いで続けた。

「――お仕事は、毎日最終バスのお時間まで。そして、今まで、手をつける事もなかった料理や掃除洗濯、片付けなども頑張っていらっしゃいます」

「……そんなの……普通のコトでしょ」

「これまでのお嬢様なら、そのようなもの、投げ出しておられたでしょうに」

「……く、黒歴史ってヤツだから!」

 恥ずかしくなって、顔を伏せる。
 すると、増沢は、その場にヒザをつき、私に頭を下げた。

「……増沢?」

「――お嬢様。……非常に心苦しいのですが……増沢は、この辺りで、身を引かせていただこうと思っております」

「――……え……」

 一瞬で、頭の中は真っ白だ。

「……え、ま、待って、増沢……。……ど、どうして?どこか、悪いの?」

 私は、震える声を抑えながら、尋ねる。

 ――でも……増沢だって、年齢(とし)年齢(とし)だ。

 ……潮時、なのかもしれない。

 増沢は、その体勢のまま、続けた。

「――……お嬢様は、もう、立派にお一人で生きておられます。……これ以上は、過保護というもの」

「そ、そんなコト……!だって、増沢がいなかったら、私、まだ不安なのに……っ!」

 首を振りながら、説得しようとするけれど――頭の片隅では、もう、無理なのだと理解してしまう。
 ――でも、今まで、一番身近で見守っていてくれた人が、急にいなくなるなんて――不安でしかない。
「大丈夫でございますよ、増沢が保障いたします」
「でも――……」
「――それに、お嬢様がお仕事をお辞めになった後、海外へ行くのでしたら――増沢は、ついていく事は無理でございます」
「な、何で……」
「――持病、というものがございまして。……今すぐ、どうこうというものではございませんが、海外で万が一があった時に、お嬢様の負担になるのは本意ではございません」
 私は、何とか言葉を続けようとするけれど、何も出てこない。
 それに唇を噛んで耐えると、ゆっくりと、うなづいた。

「――……そっか……わかった……。――そもそも、ウチが乗っ取られた時点で、増沢は厚意で私についていてくれたんだもんね」

「――お嬢様」

「――ありがとう、増沢。……でもさ、私が旅立つ時までは、ちゃんといてね」

「……もちろんでございます」

 私は、大きく息を吐くと、顔を上げる。
 ――泣いたら、増沢が気を遣っちゃう。
 そんな、しんみりとした空気はいらない。

「増沢、それまでに、出来る限り覚えるから、しっかり教えなさいよ!」

「承知いたしました、お嬢様」

 お互いに微笑み合い、うなづく。

 ――別れはつらいけれど――受け入れなきゃいけない。

 それは――きっと、いつか、自分の中で消化されて、キレイな思い出となっていくんだろう。


 ――……パパとママ。

 ――そして、美善さんのように――……。
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