甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 視界一杯に入ったのは、眉を寄せて見下ろす、美善さん。
 けれど、目を合わせるのがつらくて、私は、視線を下げて言った。

「……な、何、言って……。……だって、連絡、何も無かったじゃない。……会社じゃ、最低限しか話さないし……」

「あのなぁ……待ってるって言っただろうが」

「え?」

「え、じゃ、ねぇよ。……オレの出自(しゅつじ)知って、キレただろうが、お前。……落ち着くまで、そっとしておいた方が良いんだと思ってたら――もう、事情話すどころか、連絡すら来ねぇ。そんなの、振られたと思うだろうが」

 私は、目を丸くして、立ち尽くした。

 ――は??何、それ……?

 ――何か、私が悪いみたいになってない⁉

 睨みつけた私を、美善さんは、大きくため息をつくと、そっと抱き締める。
 私は、ギョッとして、彼の腕の中でもがいた。

「みっ……!!」

 ――コ、ココ、会社‼
 ――何なら、監視カメラ、ついてない⁉

 アワアワとし始める私の背中を、彼は、軽く叩く。
 それだけで、パニックになりかけた頭の中が、クリアになった。
「……落ち着け。……で、話を聞く余裕はできたのか」
「……できた……かどうかは、わかんないけど……」
 でも、懐かしささえ覚える彼の温もりに、ささくれだった気持ちは、凪いでいく。

 それが、何だか悔しいけれど――どうやったって、もう、嫌いになれないんだから、仕方ない。

 私は、小さくうなづくと、ポツリ、と、返した。

「……でも……聞くだけは、聞く」

「――わかった」

 美善さんは、それにうなづいて返すと、苦笑いで言った。

「ちなみに、この部屋に監視カメラはついてねぇ」

「――……っ……!!!」

 思考が読まれた気がして――でも、それすらも、何だかうれしくて、恥ずかしい。
 そんな気持ちがよみがえってしまい、私は、ふてくされながら、彼の大きな身体を思い切り押しやろうとするけれど、あっさり躱されてしまう。

 そして、

「じゃあ、退職は無しってコトで良いな、津雲田」

 そう言うと、美善さんは私を離すと、デスクの上にあった辞表を、あっさりと破り捨てた。
 私は、残骸が落とされたゴミ箱を見やり、肩を落とす。
「……せっかくの努力が……」
「努力の方向、間違えてるぞ」
「……うるさい……。せめて、シュレッダーにしてよ……」
「こんなモン、ゴミ箱で良い」
「横暴」
 私が睨み上げると、美善さんは、満面の笑みを見せながら言った。



「横暴で結構。――離す気は無ぇんだ、あきらめろ」



「――……っ……!!!」


 瞬間――心臓が跳ね上がり、全身が熱くなってしまった。

「……バッ……バカッ!」

 私は、恥ずかしさに、思わず顔を伏せようとしたけれど、あっさりと彼の手で防がれる。

「久々なんだ、ちゃんと、顔見せろ」

「……会社ですぅ」

「始業前だ」

 そう言って、美善さんは周囲を見回し、人がいないのを確認すると、軽く私にキスを落としたのだった。 
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