甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 しん、と、した静けさの中、私の喉が鳴る音だけが響いた。

「……ご、ご関係って……先輩よ?」

「確か、お嬢様の仰る先輩とは、男性と記憶しておりますが――他の方もおられましたか」

「え、っと……そ、れは、その……」

 何だか、身内に彼氏の存在がバレたような、気まずさと気恥ずかしさを感じながら、私は、増沢に言った。

「そ、その先輩だけど!……私が何にもできないのを、心配してくれていて……いろいろ、教えてくれたの!」

「――それは、随分と面倒見の良い方で」

「そうよ!……先輩は、新人の時から、ずっと、何にも知らない私のコト怒りながらも、助けてくれてた人なんだから……」

 私がそう言い切ると、増沢は、目を丸くする。
「何よ」
「いえ――さようでございましたか。出過ぎた事を」
「……別に……普通、心配するでしょ。一人暮らしの女性の部屋に、男性がいるって」
「おっしゃる通りでございます」
 増沢は、私の前の空いた皿を手に取ると、穏やかに続けた。

「――ですが、お嬢様は、その方を信頼されているのですね」

「――え」

 一瞬、呆けた表情になってしまったけれど、すぐに口元を引き締め、私は、うなづく。

「……そうよ。……先輩は――……信頼できる人なの」

「それは、ようございました。増沢も、少しは、安心できます」

「少しなの」

「もちろんでございますよ。お嬢様は、まだまだ、世間知らずのヒヨッコでございますので」

「何よ、それ」

 その言い方に、頬を膨らませる。
 それを、にこやかに見やり、増沢はキッチンへと片付けに向かった。


 それから、増沢は、私のスケジュールの確認を終え、自分の手帳に書き込んだ。
「では、くれぐれも、お気をつけくださいませ」
「うん、ありがと」
 そして、部屋を後にする増沢を少しだけ見送ると、ドアを閉めてカギをかけ、そのままフラフラとベッドに飛び込んだ。

 ――……そっかぁ……。

 ――……私……先輩を、信頼してるんだ……。

 言われるまで、そんな自覚は無かったけれど――言葉にすれば、すんなりと受け入れられた。
 だから――余計に、つらい。

 ――信頼している人に、拒絶される――その痛みは、まだ、胸の中でくすぶっているんだ。

 そう思った途端に浮かぶ涙をゴシゴシとこすると、私は、起き上がって顔を上げる。

 ――……もう一度、頑張ってみる……?

 平木くんに言われたように。

 ――……でも、見込みがない恋愛をしている時間だって、もったいないっていう、池之島さんの気持ちも、わからなくはないんだ。


「……ホント……どうしたら、良いのかな……」


 まるで、経験したコトの無い状況に、手詰まりになっている気はするけれど――。


 ――それでも――先輩を好きだという気持ちが、無くなるのを待つのも、何だか嫌だった。
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