甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 徐々に総務部の中が空になっていく中、私は、一人、パソコンと向き合い――一時間ほど経っただろうか。
 ようやく、終わりのめどが立ち、ほう、と、息を吐く。
 書類の分類を管理するフォームがあったので、どれをどの場所に入れたか、メモしたものを打ち込んでいくだけ。
 それでも、細かいところまで入力しないとなので、時間はかかる。
 
 ――わ、私がやるよ。

 本当は、二人で入力していけば早いんだろうけれど。
 整理を池之島さんに頼り切りだったので、せめて、これくらいは、と、申し出たのだ。
 彼女は、一瞬、目を丸くしたけれど、あっさりとうなづいてくれた。

 ――ああ、でも、早まったかな……。

 目途が立っただけで、終わったワケではない。
 それでも、来週には、他の仕事が入るだろうし、今日中に終わらせたい。

 ――そして、先輩を驚かせて――褒められたい。

 そんな思いが浮かんでしまい、慌てて首を振る。

 とにかく、頑張る。

 先輩に認められたら――もう一度だけ、好きって言いたい。

 それで困らせるようなら、すぐにでも、会社を辞めるんだ。

 ――どうせ、私には、引き継ぐような仕事も無いし。

 そして――新しい就職先を自分で探して、今度は、胸を張って生きる。


 ――甘い生活は、夢の中だけにしよう。


 私は、パソコンを睨みつけながら、そう決心した。



「ちょっと、ちょっと。もう、八時半だけど、終わらないのかい?」

 不意に声をかけられ、入り口を見やれば――巡回の警備員のおじさんが、ドアから様子をうかがうようにしている。
「あ、す、すみません」
「いや、人事部から残業連絡無いし、残ってる人がいるとは思わなかったからさ」
「えっと、く、九時まで……ダメ、ですか?」
「ダメと言われても……こっちは、管理する側じゃないし。まあ、じゃあ、帰りに連絡くれるかい」
「わ、わかりました」
 私がうなづくと、警備員さんは、そのまま巡回に戻っていった。
 ウチの会社は夜間警備が外注で、時間になると警備員さんがやってくる仕組みらしい。
 それぞれの部に、警備会社との直通電話が通っている。
 私は、それを見送ると、再びパソコンに視線を戻した――けれど、画面を凝視しすぎて、目が痛い。

 ――あー……目薬、無い……よね……。

 食べる物にかける余裕も無いのだ。薬なんて、論外。
 気力で乗り切るしかない。

 ――お給料入ったら……買おうかな……。

 安いヤツなら、まだ、いけるだろう。
 そんな風に考えながら、目頭を押さえ、再び画面を見やる。
 一応、チマチマと保存しているから、万が一があってもダメージは少ないはず。
 それだって、先輩から教えてもらった。

 ――もらったものは、数えきれないくらい。

 ――だから――……無駄にしたくない。

 私は、口元を引き締め、手を動かし始めた。
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