甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 運転席から眺める景色は、いつもの会社帰りとは違い、キラキラしたネオンが光る看板が、次から次へと通り過ぎていく。
 国道を、まあまあのスピードで走っていく車の中は、よくわからない洋楽が、BGMで流れていた。

 ――こういうの、好きなのかな……。

「どうした、眠いか?時間も時間だし、寝てても良いぞ」
「え、あ」
 黙り込んでいた私に気を遣ったのか、美善さんは、声をかけてきた。
「――いえ、あの……音楽、好き、なんですか」
「え?」
「あ、何か、流れてるから……」
 すると、彼は、一瞬だけ口を閉じるが、すぐに――どこか、ごまかすように言った。
「別に、手持ち無沙汰だし、静かだと眠くなるからな」
「そ、そう、ですか……」
「ていうか、いつまで敬語だ、お前は?」
「え」
「ちょいちょい混ざるよな。――まあ、上司って手前、仕方ねぇのかもしれねぇけど」
「あ、そ、そういうワケじゃ……」
 仕事上では、注意されてるのだから、気をつけないといけない――ワケじゃなかったのか。

「……良いの?いつものカンジで……」

「ああ。――プライベートだけ、な」

「……うん……」

 それだけで、彼との距離が、グッと近くなったようで、私はうれしくなった。


 マンションから約二十分ほどで、見慣れたボロアパートに到着すると、私はシートベルトを外す。
「あ、ありがとう、美善さん。――じゃあ……」
 そう送ってもらったお礼を言い、ドアに手をかけようとすると、不意に、腕を引かれ――そして、軽いキス。

「え」

 目を丸くしていると、美善さんは、優しく微笑む。


「――おやすみ、月見」


 ――ちょっ……何、その笑顔!破壊力‼


「お、お、おやっ……すみ、なさい。……美善さん……」

 私は、真っ赤になりながらも頭を下げ、車を降りる。
 そして、アパートの古階段を上り始めると、それを確認したように発車した。

 ――うわ、うわあぁぁ―――!!!

 どうしよ、どうしよ!
 あんなの、”先輩”じゃないみたい!

 これまでの、仕事では鬼のようにダメ出しをしてくる彼と、プライベートでの甘すぎる彼との差が激しすぎてパニックが起きそうだ。

 ――でも――……。

 先ほどの唇の感触を思い出し、悦に入る。

 ――……コレが、恋人の距離なのかな……。

 ニマニマと上がってしまう口元を隠すでもなく、部屋に向かうと、不意に、目の前のドアが開いた。
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