甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 名残惜しくキスを終えると、美善さんは立ち上がって、クローゼットの中を見やる。
 かろうじて、ハンガーには通勤用の服がかけてあり、中のケースには下着類が入っている――けれど、私服の山が問題だった。
「……おい、コレ、いつ着るんだ?」
「え?」
「絶対、こんなにいらねぇだろ……」
「え?だって、同じ服とか、そんなに繰り返し着ないし……」
「――は?」
「あんまり考えたくないから、いつも、マネキンが着ている服買ってたんだけど……」
 そう伝えれば、彼は、絶句して、そのままその場に座り込んだ。
 私は、キョトンとしながら、同じように目の前に座る。
「美善さんー?」
「……筋金入りのお嬢だったか……」
「……バカにしてる?」
「……一周回って感心するわ。……そりゃあ、あの服の山にもなる」
 彼は、チラリと、床に散乱している服たちに視線を向けた。

「――よし、着ねぇモンは、売るぞ」

「え⁉」

 言うがいなや、彼は立ち上がり、一気に服の山の半分を持ち上げ、ベッドの上に放り投げた。

「み、美善さん⁉」

 ――売るって……どういうコト⁉

 呆然としている私に、彼は、それを指さした。

「この中で、繰り返し着ても良いと思うヤツだけ、抜き取れ。後は、リサイクルショップに売る!」

「そ、そんなの……」

「じゃあ、この山、いつ着るんだ?」

「――……うぅ……」

 そうは言われても――自分では、考えたコトが無い。
 だから、いつもお店の人に頼り切りなのに……。
 すると、美善さんは、中からカットソーを一着取り出すと、私に当てる。
「……美善さん?」
「――お前が考えられないなら、オレの好みにするぞ」
「え、で、でも」
 ――いくら何でも、そんなのは……。
 戸惑っている私に、彼は、あっさりと言った。

「嫌なら、自分で選べ」

「――……ええー……」

「当然だろ。――お前のモンなんだから、お前が選ぶんだよ」

 私は、その言葉に顔を上げる。

 美善さんは、いつもの上司の顔ではなくて――甘い、恋人の表情をしている。

 それは――私のコトを、受け止めてくれるっていう、意思に思えた。

「じ……じゃあ……手伝ってくれる……?」

「当たり前だろ」

 私は、うなづくと、彼の持っていたカットソーを受け取った。

「前にだって言っただろうが。――決して、見放すような真似はしねぇって」

 その言葉を思い出すと、彼にうなづいて返す。
 そして、手を伸ばすと、袖をギュッと掴んだ。

「……や、約束……ね……」

「おう」

 私の言葉に、彼は、ニカリ、と、歯を見せて笑った。
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