甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「――よし、今日はこのくらいにしておけ」

「え、でも、まだある……」

 私は、更に山になった服たちを見やると、美善さんを見上げた。
 けれど、彼は、肩をすくめて私をなだめる。
「良いんだよ。一気にやろうとするから、気力が無くなるんだ」
「で、でも……」
「月見、あせるな」
 美善さんは、そっと私を抱き寄せると、トントン、と、背中を叩く。

「――オレの時間なんて、いくらでもくれてやるから」

「美善さん……」

 私は、うなづくと彼の身体に抱き着く。
 その、固い腹筋の感触は、もう、安心できるものだ。
「――おい、コラ」
「……頑張ったご褒美だもん……」
「もん、って――」
 彼は、ため息をつくと、ヒョイ、と、私を軽々と抱き上げる。
 そして、ベッドの片隅に腰を下ろすと、そのまま自分のヒザの上に座らせた。
「――この、無自覚お嬢」
「……ダメ?」
「これでも、限界まで理性引っ張り出してんだよ」
「え?」
 私は、キョトンとして彼を見上げる。

 ――けれど、その目の奥に、何かを感じ取ってしまい、身体が硬直した。

 心臓が、バクバクと鳴る音が、全身を包む。

 ――え、あれ、何……?

 しん、と、した部屋の中、微かに電化製品の稼働音が響く。
 外からは、遠くに車のエンジン音。そばからは、主婦なのだろう、オバサマ方の話し声。
 気が遠くなりそうな沈黙の後、美善さんは、苦笑いで私の額にキスを落とす。
「美善さ……」
 そして、頬やまぶたに、いくつも。
「わかれ、バカ」
「何よー……」
 ふてくされてしまう私の耳に髪をかけると、彼は、むき出しになったそれに向かって囁いた。

「もう、オレは、お前の彼氏なんだろ。――上司っつーストッパーは、無ぇも同然なんだからな」

「――……っ……!!」

 脳内に響く低くて甘い声に、全身が跳ね上がりそうになる。
 それを押さえつけられ、私は、彼を見上げた。
「み、美善さん……」
 けれど、すぐに苦笑いで額を(つつ)かれた。
「自覚しろっつーコトだ。……ちゃんと、段階は踏むつっただろ」
「う、うん……」
 私は、額に手を当てると、素直にうなづく。
「……でも、ギュってするのは、良いの……?」
 今現在の状況を見やり尋ねると、彼は、答えの代わりに抱き締めてきた。
「――ほどほどにな」
「……う……」
 うん、と、うなづこうとする前に、軽くキスを落とされる。
 ――ホントに、子供をなだめるみたい。
 その行動に、少しだけ不満を感じると、クッ、と、喉で笑われた。
「――何だ、不満そうだな」
「……だって……子供扱いみたい……」
「子供なら、もっと楽に相手してるわ」
「え?」
「――ホント、タチ悪ぃよ、お前は」
 彼は、そう言って眉をしかめる。
 私は、それが悲しくなって、チラリと見上げた。
「……お、怒った……?」
 何せ、初心者マーク三個分なのだ。
 正解があるなら、教えてほしいんだけど。
 けれど、美善さんは、苦笑いで髪を撫でてきた。
「バカ。――想定内だ」
「ホント……?」
 彼の一挙手一投足――そして、その言葉に、一喜一憂。
 コレが恋愛というものなら、何て、感情が忙しないんだろう。

「――お前の素直なトコは、気に入ってるんだから、そのままで良いんだよ」

「……っ……」

 ――ああ、同じ恋愛初心者のはずなのに、マーク一つと三つの差は大きい。

 私は、照れ隠しに、彼の身体にぶつかるように抱き着いたのだった。
< 86 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop