甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
「……まあ、今日明日どうこうって訳じゃねぇけど――……」
私の動揺に気づいたのか、美善さんは、取り繕うように続けた。
「――で、でも、一応、このアパート、増沢が見つけてくれて……」
「……まあ、築年数以外は、条件は悪くねぇのはわかるけどな」
「そ、そうなの!私の収入で住めるトコで、いろいろお店も近くて、バス停だって近いし――住宅街も目の前だから、人の通りは割とあるし――」
「わかった、わかった」
ヒートアップしそうな私を、彼は、片手で止める。
「たぶん――増沢は、私に、一人でも生きていけるように、って、考えたんだと思うの……」
「だろうな。……じゃなきゃ、もっと、マシな部屋探すだろ」
「うん。私、最初、アパート見て、がく然としたもん。――自分の家の十分の一も無いの、って」
そう、深刻な表情で言うと、美善さんは、ガクリ、と、肩を落とす。
「……じ、十分の一、か……」
「うん。だから、どうやって住めば良いのか、わからなかったの」
「――……話を聞けば聞くほど、生活レベルの差が現われるな……」
「で、でも」
「わかってる。――お前には、それが当たり前だったんだろ」
「う、うん。……だから……二年も経つのに、上手に片づけられないし、料理だってできないし――……」
自分で言いながら、だんだん落ち込んできた。
けれど、美善さんは、包んでいた私の手を、トントンと、あやすように叩いた。
顔を上げれば、優しく微笑む彼。
「――お前は、これからだろ」
「ホントに……?」
仕事だって、他の同期の人たちよりもできないし、生活もままならなかった。
――でも……こんな私でも、彼は、認めて、見守ってくれている。
「……美善さん」
「ん?」
「……私、頑張る。……だから……まだ、一緒に住めない」
「――そうか。わかった」
あっさりとうなづくと、彼は、立ち上がった。
「じゃあ、これから、結婚するまでは、こうやって週末様子見に来るし、帰宅が遅くなるなら送るからな」
「――……え、で、でも」
美善さんの方が、仕事は忙しいはず。
そんな思いに気がついたのか、彼は、口元を上げる。
「舐めるな。これでも、お前よりも長く仕事やってんだ。――主任、だぞ?」
少々おどけた口調に、私も微笑む。
「わかりました、日水主任!」
「――だから、背徳感がな……」
「また、それー!」
「わかれ、バカ」
ふてくされそうになった私に、彼は、そう言って優しくキスを落とす。
「――じゃあ、津雲田、この件については、話は終わりだ」
耳元でそう囁かれ、私は、真っ赤になって彼を見上げる。
――まるで、会社にいるよう。
そんな思いが頭をかすめ、思わずキョロキョロと周囲を見回してしまう。
誰かに見つかったら――そんな思いで。
「――わかったか、バカ」
「……な、何となく……」
――もしかしたら、美善さんも、こんな気持ち?
そう思ったら、何だか、恥ずかしくなってきた。
でも――会社でも、プライベートでも、こんな風に甘い彼は、誰にも見せたくないな。
「ホラ、終わったんなら片付けるぞ」
「ハァイ」
頬を優しく突かれ、私は、彼を見上げてうなづいた。


