紫陽花の憂鬱
クリスマスらしいものを
クリスマスイブが日曜だったため、夕方から出かけて、いつも二人で行くようなところとは少し違う場所で夕食を食べた。食べ終わりが近付くにつれて少しずつ緊張が高まっていくが、今日の本来の目的はそれだ。ただ楽しく食事をしておしまい、ではないことは紫月が一番よくわかっていた。
(…帰りの車で、話したらいいのかな…どう、しよう…。)
デートの最初ではもちろん切り出せなくて、食事中も最近の話やこれが美味しい、これは何だろうという話をしてしまい、当然ながら考えてきたことを話すような空気にはならず、かといって今日はこの食事しか事前に決めていることはなかった。最初からデートのこのタイミングで告白の返事をします、なんてことを言えるほど空気が読めないわけでもない。その結果、車の助手席に乗ってシートベルトを締めた今、焦りがただひたすら増すだけになっている。
「紫月さん。」
「は、はいっ!」
「…そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。この後さ、渋滞してるの覚悟で、遠回りっていうか寄り道してもいい?」
「寄り道…?」
「うん。せっかくだからちょっとだけクリスマスっぽいことしよう?」
「クリスマスっぽいこと…?」
「寄り道、大丈夫?」
「あ、う、うん!もちろんです。」
「よかった。じゃあ出発。」
緩くアクセルが踏まれて、静かに車は走り出す。うっすらとBGMが流れる中、先に口を開いたのは日向だった。
「…いつ言おうかなぁって、考えてた?」
「へっ…?」
「あ、やっぱり当たってた?」
当たっているので、紫月は頷いた。
「静かに、時間を気にせずに話せる場所を考えておくべきだったね。ごめんね、そこまで気が回らなくて。」
「そ、そんなことっ…私もその、…ちゃんとしなきゃってそればっかりで…。」
「多分ね、この寄り道結構かかるから、…そうだなぁ、紫月さんが話しやすいなら車の中でもいいし、どこか本当に少し遠くの人のいない場所まで行ってもいいよ。…紫月さんの気持ちが一番、落ち着ける場所を選んで。」
日向の声が静かにただ、車内を満たした。2ヶ月も待たせて、はっきりした態度も取れなかった自分を責めることなく、ずっとずっと優しさだけが与えられている、そんな気がする。
「…前に行った、海まで…その、日向くんの寄り道の場所を経由して行ける?」
「うん、行けるよ。」
「そこがいいです。…寒いとは、思うんだけど。」
「寒すぎたら、車の中で話そうね。紫月さんのこと、風邪ひかせたくないし。」
「…うん。…ありがとう。」
窓の外をふと見やると、華やかな人が多く見えた。家族で仲良く手を繋いでいる人。彼氏の腕を取って歩く人。どの人の笑顔も輝いて見える。
(…素敵だなぁ。どうやってみんなは、勇気を出すのだろう。どうやって、言いたいことをまとめて、言うんだろう。)
もっと別の言葉があるんじゃないかとか、この言葉で日向の思いやしてくれたことに足りるのかとか、そんなことばかり考える。言えることはそんなにないのに。
「返事を聞く前にさ。」
「あっ、はい!」
「ずっと緊張してるね、紫月さん。楽にして聞いててよ。」
「が…頑張り、ます…。」
「少しだけ、悪あがきしてもいい?」
「悪あがき…?」
紫月が運転する日向の横顔を見つめながら問うと、日向は『うん』と頷きながら言った。
「…紫月さんに気持ちを伝えた時はさ、ただ『好き』だってことしか言えなかったでしょ?…本当はね、もっとたくさん、言いたいことがあったんだよね。」
日向は何度も謝っていた。我慢できなくてごめん、デートを楽しくないものにしてしまってごめん、と。その時の少し苦しそうな日向の声の震えをとてもよく覚えている。
「…いつから好きだったのかとか、どういうところが好きなのかとかそういうの、全然言わなかったなぁって。…いっぱいあるのにね、好きなところなんて。」
「っ…。」
繰り返される『好き』の2文字だけが妙に耳の中に残って響き続ける。夜になっていてよかった。顔の赤さが目立ちすぎることはまだ防げる。
「いつも真面目で一生懸命なところが、やっぱり好きです。一生懸命何言おうかなって考えてるときの必死な顔も好き。」
「ちょ…ちょっと待って、あのっ…何で今…。」
「え?だから悪あがきだよ。だって紫月さんの返事次第で、言えなくなっちゃうことだから。後悔しないように、返事聞く前に全部言っちゃおうかなって。」
少し吹っ切れたような声でそんなことを言われても、紫月の方は全然ついていけない。むしろこうやって日向に言葉を足されれば足されるほど、自分の言葉が追い付かなくなってしまいそうだった。
「お、追い付かなく…なっちゃう、私の、言葉じゃ…。」
「…追い付くよ、どんな言葉でも。」
「え?」
「紫月さんがたくさん考えて話してくれるんでしょ?…何を言われたって、たくさん悩んで今日を選んでくれたっていうことがもうそのまま、追い付いてる。紫月さんが俺の言葉に力をもらってって言ってたことあったけど、同じだよ。紫月さんからしたら大したことないって思っている言葉も、ちゃんと違って聞こえてる。…多分、紫月さんが俺の言ってたことを大事にしてくれてる以上に大事だよ、紫月さんがまっすぐ言ってくれたことが、全部。」
(喉の奥が熱い。目も、熱い。泣きたくないのに、何か言いたいのに、胸がいっぱいで…何もできない。)
「…っ…日向、くん、あの…。」
「うん。何、紫月さん。」
「…その、日向くんの言葉はいつも…あの、優しくてすごく心が…ほっとする、もので。」
「うん。」
「だから一度にいっぱいは、貰いきれないから…私の話が終わった後に、聞いてもいい、ですか?」
「…聞いてくれるの?俺の言いたかったこと、最後まで?」
「…聞きたい。聞いても大丈夫って思えるくらい…さ、先に頑張りたい。」
「そっか。わかった。じゃあ俺は一旦ここでストップするね。紫月さんにバトンタッチ。あ、丁度見えてきた。左側、注目しててね。」
ゆっくりとキラキラしたものが紫月の視界を満たしていく。いつもは綺麗なのをわかっていても人混みに負けて近付けないものだ。
「イルミネーション…。」
「クリスマスっぽいでしょ?渋滞しててゆっくりしか進めないし、丁度よくない?」
「うん。…日向くんも少しは見れる?」
「見れるよ。…綺麗だね。」
「…うん。綺麗。…近くで見ると、こんなに綺麗なんだね。」
「窓開けてもいいよ?」
「さ、寒くなっちゃうよ!」
「ちょっとくらいなら全然大丈夫じゃない?窓開けるなら紫月さん、手袋とかマフラーとかしてからにはしてほしいけど。」
「…そ、そこまでしなくても大丈夫じゃないかな?」
「んー…風邪ひかないなら…まぁ。」
「…じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ。」
ウィーンという音とともに窓が開く。窓ガラス越しに見ても綺麗だったものは、やはり直に見るとその空気の冷たさも相まって、より一層クリアだった。
窓の外に出ていく紫月の吐息が白く染まる。ひゅっと喉を通った空気の冷たさに冬の夜の温度を感じる。この先の海はきっと、もっと寒いだろう。それでも、あの場所で向き合う必要は紫月にはある。
窓を閉めると思っていた以上に車内が冷えていた。ハッとして日向の方を見ると、とても柔らかく微笑む日向と目が合った。
「ごめんなさい!すごく寒くなっちゃって…その、車の中が…。」
「いいよ、全然。…綺麗で、可愛いもの、見られたから。」
(…帰りの車で、話したらいいのかな…どう、しよう…。)
デートの最初ではもちろん切り出せなくて、食事中も最近の話やこれが美味しい、これは何だろうという話をしてしまい、当然ながら考えてきたことを話すような空気にはならず、かといって今日はこの食事しか事前に決めていることはなかった。最初からデートのこのタイミングで告白の返事をします、なんてことを言えるほど空気が読めないわけでもない。その結果、車の助手席に乗ってシートベルトを締めた今、焦りがただひたすら増すだけになっている。
「紫月さん。」
「は、はいっ!」
「…そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。この後さ、渋滞してるの覚悟で、遠回りっていうか寄り道してもいい?」
「寄り道…?」
「うん。せっかくだからちょっとだけクリスマスっぽいことしよう?」
「クリスマスっぽいこと…?」
「寄り道、大丈夫?」
「あ、う、うん!もちろんです。」
「よかった。じゃあ出発。」
緩くアクセルが踏まれて、静かに車は走り出す。うっすらとBGMが流れる中、先に口を開いたのは日向だった。
「…いつ言おうかなぁって、考えてた?」
「へっ…?」
「あ、やっぱり当たってた?」
当たっているので、紫月は頷いた。
「静かに、時間を気にせずに話せる場所を考えておくべきだったね。ごめんね、そこまで気が回らなくて。」
「そ、そんなことっ…私もその、…ちゃんとしなきゃってそればっかりで…。」
「多分ね、この寄り道結構かかるから、…そうだなぁ、紫月さんが話しやすいなら車の中でもいいし、どこか本当に少し遠くの人のいない場所まで行ってもいいよ。…紫月さんの気持ちが一番、落ち着ける場所を選んで。」
日向の声が静かにただ、車内を満たした。2ヶ月も待たせて、はっきりした態度も取れなかった自分を責めることなく、ずっとずっと優しさだけが与えられている、そんな気がする。
「…前に行った、海まで…その、日向くんの寄り道の場所を経由して行ける?」
「うん、行けるよ。」
「そこがいいです。…寒いとは、思うんだけど。」
「寒すぎたら、車の中で話そうね。紫月さんのこと、風邪ひかせたくないし。」
「…うん。…ありがとう。」
窓の外をふと見やると、華やかな人が多く見えた。家族で仲良く手を繋いでいる人。彼氏の腕を取って歩く人。どの人の笑顔も輝いて見える。
(…素敵だなぁ。どうやってみんなは、勇気を出すのだろう。どうやって、言いたいことをまとめて、言うんだろう。)
もっと別の言葉があるんじゃないかとか、この言葉で日向の思いやしてくれたことに足りるのかとか、そんなことばかり考える。言えることはそんなにないのに。
「返事を聞く前にさ。」
「あっ、はい!」
「ずっと緊張してるね、紫月さん。楽にして聞いててよ。」
「が…頑張り、ます…。」
「少しだけ、悪あがきしてもいい?」
「悪あがき…?」
紫月が運転する日向の横顔を見つめながら問うと、日向は『うん』と頷きながら言った。
「…紫月さんに気持ちを伝えた時はさ、ただ『好き』だってことしか言えなかったでしょ?…本当はね、もっとたくさん、言いたいことがあったんだよね。」
日向は何度も謝っていた。我慢できなくてごめん、デートを楽しくないものにしてしまってごめん、と。その時の少し苦しそうな日向の声の震えをとてもよく覚えている。
「…いつから好きだったのかとか、どういうところが好きなのかとかそういうの、全然言わなかったなぁって。…いっぱいあるのにね、好きなところなんて。」
「っ…。」
繰り返される『好き』の2文字だけが妙に耳の中に残って響き続ける。夜になっていてよかった。顔の赤さが目立ちすぎることはまだ防げる。
「いつも真面目で一生懸命なところが、やっぱり好きです。一生懸命何言おうかなって考えてるときの必死な顔も好き。」
「ちょ…ちょっと待って、あのっ…何で今…。」
「え?だから悪あがきだよ。だって紫月さんの返事次第で、言えなくなっちゃうことだから。後悔しないように、返事聞く前に全部言っちゃおうかなって。」
少し吹っ切れたような声でそんなことを言われても、紫月の方は全然ついていけない。むしろこうやって日向に言葉を足されれば足されるほど、自分の言葉が追い付かなくなってしまいそうだった。
「お、追い付かなく…なっちゃう、私の、言葉じゃ…。」
「…追い付くよ、どんな言葉でも。」
「え?」
「紫月さんがたくさん考えて話してくれるんでしょ?…何を言われたって、たくさん悩んで今日を選んでくれたっていうことがもうそのまま、追い付いてる。紫月さんが俺の言葉に力をもらってって言ってたことあったけど、同じだよ。紫月さんからしたら大したことないって思っている言葉も、ちゃんと違って聞こえてる。…多分、紫月さんが俺の言ってたことを大事にしてくれてる以上に大事だよ、紫月さんがまっすぐ言ってくれたことが、全部。」
(喉の奥が熱い。目も、熱い。泣きたくないのに、何か言いたいのに、胸がいっぱいで…何もできない。)
「…っ…日向、くん、あの…。」
「うん。何、紫月さん。」
「…その、日向くんの言葉はいつも…あの、優しくてすごく心が…ほっとする、もので。」
「うん。」
「だから一度にいっぱいは、貰いきれないから…私の話が終わった後に、聞いてもいい、ですか?」
「…聞いてくれるの?俺の言いたかったこと、最後まで?」
「…聞きたい。聞いても大丈夫って思えるくらい…さ、先に頑張りたい。」
「そっか。わかった。じゃあ俺は一旦ここでストップするね。紫月さんにバトンタッチ。あ、丁度見えてきた。左側、注目しててね。」
ゆっくりとキラキラしたものが紫月の視界を満たしていく。いつもは綺麗なのをわかっていても人混みに負けて近付けないものだ。
「イルミネーション…。」
「クリスマスっぽいでしょ?渋滞しててゆっくりしか進めないし、丁度よくない?」
「うん。…日向くんも少しは見れる?」
「見れるよ。…綺麗だね。」
「…うん。綺麗。…近くで見ると、こんなに綺麗なんだね。」
「窓開けてもいいよ?」
「さ、寒くなっちゃうよ!」
「ちょっとくらいなら全然大丈夫じゃない?窓開けるなら紫月さん、手袋とかマフラーとかしてからにはしてほしいけど。」
「…そ、そこまでしなくても大丈夫じゃないかな?」
「んー…風邪ひかないなら…まぁ。」
「…じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ。」
ウィーンという音とともに窓が開く。窓ガラス越しに見ても綺麗だったものは、やはり直に見るとその空気の冷たさも相まって、より一層クリアだった。
窓の外に出ていく紫月の吐息が白く染まる。ひゅっと喉を通った空気の冷たさに冬の夜の温度を感じる。この先の海はきっと、もっと寒いだろう。それでも、あの場所で向き合う必要は紫月にはある。
窓を閉めると思っていた以上に車内が冷えていた。ハッとして日向の方を見ると、とても柔らかく微笑む日向と目が合った。
「ごめんなさい!すごく寒くなっちゃって…その、車の中が…。」
「いいよ、全然。…綺麗で、可愛いもの、見られたから。」


