先生×秘密 〜season2

終わりたくない、この一年

靴音が、静まりかえった昇降口に響いていた。

角谷と別れたあと、コメはひとり、校舎の裏手にある中庭に足を向けていた。
遠くから聞こえる部活動の掛け声。
寒い空気の中で、息だけが白く上がる。

「……君も、ああやって見てもらってた?」

角谷の言葉が、胸の奥に残っていた。

——“ああやって”。

生徒に向ける眼差し。声のかけ方。
まっすぐに、でも決して押しつけがましくなくて。
励ますようでいて、どこか引き際も心得ているような距離感。

コメは、自分があの頃、
あの目に、どう映っていたのかを思い出そうとしていた。

(わたしは、あの人の目に、ちゃんと“教え子”として映っていたんだろうか)

それとも、
もっと、違う何かだったんだろうか。

***

職員室へ戻ると、窓の外にはうっすらと夕日が落ちかけていた。
学年便りのレイアウトを直していたとき、渡部がふと通りがかる。

「……コメ先生、お疲れ」

「渡部先生こそ、ありがとうございます」

いつも通りのやりとり。
だけど、その後にふいに、渡部が付け足した。

「……この一年、早いですね」

コメは、思わず手を止める。

「……ほんとに」

ほんとうは、
“早い”より、“終わってほしくない”のに。

この一年、たった一年。
でも、渡部と同じ学校で、同じ学年を受け持って、
生徒と向き合い、すれ違い、時々ふれて。

その全部が、あの時の「会いたかった」の続きを、埋めてくれていた。

「コメ先生」

「……はい?」

「コメ先生と再会してからの一年は一瞬でした」

沈黙。

でもその静けさの中に、何かがすっと流れていた。

あのとき言えなかったことも、
見えなくなった“矢印”のことも、
全部ここにきて、ようやく、少しだけ重なり合い始めている気がした。

……終わりたくない。

まだ、ここにいたい。

この一年が、ただの「区切り」で終わってほしくない。

でもそれは、角谷との一年でもある。

わかってる。

わかってるのに、心の奥で、渡部の声だけが、ゆっくりと、優しく残っていく。

——コメ先生。

呼ばれるたびに、
その名前が、「先生」としてじゃなくて、
ちゃんと“自分”として呼ばれている気がするのは、どうしてだろう。
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