クールな同期は、私にだけ甘い。
連日、私たちは残業を重ねた。時には、オフィスに残っているのが私たち二人だけになることもあった。
静まり返ったフロアで、コーヒーを片手に、ああでもないこうでもないと議論を交わす。
「ねえ。この機能は、本当にユーザーに必要かな?」
「いや、既存のサービスと差別化するためには、この独自性が不可欠だ」
煮詰まっては、互いの意見をぶつけ合い、それでも答えが見つからない夜は、窓の外の夜景をただ二人で眺めることもあった。
きらめく無数のビルの灯りが、遠くまで広がる。東京タワーの赤い光が、夜空にひときわ鮮やかだった。
ある夜。深夜まで続いた議論の末、疲労困憊で思わずデスクに突っ伏してしまった私。
朦朧とする意識の中、温かいものが背中にかけられるのを感じた。
「無理しすぎだ、桜井」
顔を上げると、萩原くんが静かに私の隣に立っていた。
萩原くんがかけてくれたのは、彼のデスクに置いてあったブランケットだ。
そして、私の目の前に、何も言わずに缶コーヒーをそっと差し出した。
温かい……。
「少し、休め」
その声は、いつもよりもずっと柔らかく、疲弊しきった私の心を包み込んだ。
彼のさりげない優しさに、また涙が滲む。
こんなにも、自分のことを気にかけてくれる人がいる。その事実が、凍てついた心を、じんわりと溶かしていくようだった。
「ありがとう」
掠れた声でお礼を言うと、萩原くんは何も言わずに、また自分のデスクに戻っていった。
彼の背中はいつもと変わらないけれど、私にはその優しさが痛いほど伝わってきた。
厳しい状況の中で、私たちの関係は「仕事の同志」から、互いの才能を認め合い、高め合える「かけがえのないパートナー」へと変化していった。
これまで以上に、彼が隣にいることの心強さを感じていた。
萩原くんの存在が、私の心を、そしてデザイナーとしての私を、強くしなやかにしていく。
彼となら、どんな困難も乗り越えられる。そう、私は強く信じ始めていた。