【マンガシナリオ】ノイズまみれの恋に溺れて ―感情ミュートな私の、恋の始まり。
第2話
■Scene 1:
5月 サークル練習中 ―スタジオ

〈活気のあるサークル練習風景。音楽が鳴り、メンバーたちが和気藹々と踊っている。鏡張りの壁に向かって踊る集団や、隅で円になって踊る集団〉

雫月(──サークルに所属しました。こんなに輝いている場所で……私、ちゃんとやれるのかな……)

莉子「藍理さん、見てください、どお?」
藍理「んー?おーいいじゃんセクシー(笑)」

〈藍理と莉子が話している様子。ふたりは振り付けの確認をしながら親しげに話している〉

藍理「ここさ、もっと腰を、」

〈すっと腰に手を当てて、体のラインに触れる。二人とも鏡を見て話しているが、すごく絵になって大人びて見える〉
〈コンビニで見た、親しげな二人を思い出す〉

雫月(あの二人、やっぱり親しそう。もしかして付き合ってるのかな……)

〈背後から声がかかり、休憩にきた千夏と花梨が隣に座る〉

千夏「藍理さんと莉子さん、絵になるよねえ」
花梨「ね、仲良いし。でも、付き合ってないらしいよね」
雫月「そうなの?」

〈珍しく食いついた雫月に、二人は驚いた様子で話を続ける〉

千夏「うん、昨日ねGIRLSで恋バナしたとき莉子さんが超彼氏募集中って言ってた」

〈もう一度二人に目を向けるが、やっぱり親しそうで距離が近い〉

花梨「藍理さんって、誰にでも優しいしかっこいいって思ってたけど、なんとなくチャラいっていうか……くずっぽい?」
千夏「うん。藍理さん、固定の彼女は作らないタイプって噂だったよね」

〈その言葉に、雫月が表情を曇らせる〉
〈話している間に、話を終えた藍理と視線が合う。ひらひらと手を振られるけれど、雫月は苦笑いでお辞儀をする〉

雫月(やっぱり……苦手なタイプだ)

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■Scene 2:
同日、練習後半 ―スタジオ

〈ジャズのメンバーでフォーメーションを組む。4人。センターは沙耶。すごく緊張した面持ちの雫月。正面にはバラバラに座るサークルメンバー〉

〈【回想】「練習の終わりにはその時点での成果確認でみんなで踊る時間作るから。ステージ慣れの練習にもなるし」以前藍理が説明していた情景〉

雫月(……大丈夫、今日はしっかり覚えたし、休憩時間もちゃんと練習した。沙耶さんもたくさん見てくれたし……)

〈音楽がかかり、先頭に立つ沙耶が振り返って微笑む〉

沙耶「新歓ステージ思い浮かべて、楽しむこと!」
雫月(ステージ……)

〈一瞬、身体を強ばらせる。そのまま音楽が始まり、雫月は初動から遅れて入る。必死に着いていこうと踊る〉

雫月(だめ、全然ついていけない……)

〈硬い表情と震える身体。観客の目線を感じ、動きがふと止まってしまう。一番後ろでみていた藍理が異変を感じる様子〉

藍理(雫月?)

〈周囲の音がフェードアウトし、過去の記憶が蘇る〉
〈──ミュージカル教室の発表会。市民会館という小さな会場のライトの下。 ──自分のパートで固まってしまい、観客がざわつく。 ──姉と家族が心配そうに見ている〉

〈現実に戻る。周囲のメンバーが動きを止め、ざわつき始める〉

沙耶「こっちこっち!雫月!大丈夫!」
雫月「……ごめんなさい」

〈沙耶のサポートで見ながら必死で動きを真似るけど、頭は真っ白で何もできない状況だった〉

〈ステージが終わり、メンバーも沙耶も優しくフォローをしてくれる〉

メンバー「あるある!緊張するよねえ」
メンバー「ちょっとずつ慣れていこ!」
雫月「ごめんなさい、もっと練習します……」

〈俯きがちで、暗い雫月に、メンバーは困って顔を見合わせる〉

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■Scene 3:
同日、練習終わり ―スタジオの隅

〈メンバーが解散していく中、雫月が一人で隅に座り込み、落ち込んでいる〉

千夏(小声)「どうする……?」
花梨(小声)「そっとしておいた方がいいのかな」

〈千夏と花梨が少し離れたところから心配するところへ、藍理が後ろから二人の方に腕をかけて声をかける〉

藍理(小声)「先輩たちに任せなさい」

〈驚いて、その距離感と顔の良さに頬を染めるふたり。藍理は軽く笑って雫月の元へ行く〉

藍理「雫月、どうした!」

〈明るい笑顔に、複雑な感情になる。うまく言葉が出てこないし、藍理への警戒心も変に顔を出す。けれど優しい表情に涙が溢れそうになって、ぐっと顔を横に背けた〉

藍理「あー……」

〈藍理は泣きそうな雫月を瞬時に察して、見守っていた沙耶に手招きをした。すれ違いざま何かを伝えて自分は離れていく〉

沙耶「どしたの雫月〜〜!」

〈勢いよくわしゃわしゃと髪を撫でられて驚く。沙耶の笑顔に自然と心が緩まって口が開く〉

雫月「あの、私、全然うまくできなくて……」
沙耶「やっぱ気にしてたか!そんなことないよ?振りを覚えるのも早いし、メンバーもみんなわかってる。まだサークル入ってすぐじゃん!焦らなくて大丈夫だよ」

〈沙耶が隣に座って、優しく笑う。涙を拭って頷いた〉

雫月「もっと、練習します」
沙耶「おおー熱心で嬉しいね。じゃあちょっと一緒に残ってく?」

〈立ち上がり、沙耶は柔らかい体で伸びをした。雫月もおずおずと立ち上がってあとに続く〉

沙耶「ここが不安?ここはね、先に右足」

〈沙耶のアドバイスで、今日振りが飛んだところや不安なところ、自信がないところをひとつひとつ練習していく〉
〈その様子を遠くから見て、微笑む藍理〉

雫月(沙耶さんや藍理さんの優しさが分かるのに。こんなに優しくて温かい場所にいるのに、居心地の悪さを感じてしまう自分が、情けないーー)

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■Scene 4-1:
同日夜、居残り練習後 ―第二校舎棟入口

〈練習を切り上げると藍理と瑛人、後輩男子2人が談笑しながら外でまっている〉

後輩男子「藍理さん、今日ゲームしましょうよ、藍理さんちで」
藍理「ありだな、じゃあ今日酒飲むなよ。ゲームやるなら徹底的に」
後輩男子「えーそれえぐいっす、悩む」

雫月(……悪い人、じゃなさそうなんだよね。みんな藍理さんのこと慕ってるのは感じるし……)

〈男子にも好かれている藍理に怪訝な目を向ける雫月。藍理が雫月と沙耶に気付き、声をかける〉

藍理「おし、やっときた。居残り組で飯行こうぜ!ご褒美に先輩が奢るから」

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■Scene 4-2:
同日夜21時 ―学校近くの居酒屋

〈居残りメンバーでの食事シーン。藍理、瑛人、沙耶の幹部3人と、2年生男の子1人、1年の男の子1人、雫月の6人。三年生が場を盛り上げている〉

瑛人「新入生歓迎ステージな、絶対楽しいと思うよ」

〈新入生を含めた構成で披露する歓迎ステージの話。6月頭に計画されるそのステージのために現在は練習をしている〉

1年男子「いやでも、早すぎって正直思ってしまいます。俺初心者だし」
瑛人「それで残って練習してんだろ?絶対大丈夫だよ。そういうやつはすぐに成長すんだから、保証するよ」

〈副代表である瑛人の余裕のある言葉にも、雫月は驚いて、話を聞く。大学生の大人さを実感〉

藍理「去年お前超緊張してたもんな〜〜」
2年男子「緊張するっすよ、でも超楽しかったし、大丈夫だよ」

〈2年生の先輩も優しく1年生の雫月たちに向けて微笑む〉

沙耶「雫月も振り入れ早いからね。本当に楽しみだね」
雫月「いや……私は、本当に不安です……」

〈珍しく静かだった藍理は、お酒を入れながら、何気ない感じで話し始める。結構飲んでいるけど平然としている。いつもの適当な感じではなく代表のスイッチが入った感じの真面目なトーン〉

藍理「ふたりとも本気で大丈夫だよ。休憩時間使って練習してるのも知ってるし、あの上達だと自主練もしてんだろ?」
雫月 (ちゃんとみんなを見てて、そういうとこが──。みんながこの人を好きなの、なんかわかる気がする)

〈すぐにふざけた様子で瑛人や後輩とじゃれ合う。その様子を見て沙耶が呆れたように笑い、雫月も笑顔になっていく〉

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■Scene 5:
夜23時過ぎ ―居酒屋からの帰り道

〈居酒屋解散。方角的に一人になる雫月を、藍理が送ることに〉

沙耶「藍理、よろしくね」
雫月「い、いいですよ!一人で帰れます!」
瑛人「警戒されてんじゃねーの藍理(笑)」
藍理「いやどこが、いつも紳士だろ?」

〈慣れたような会話が行われる中、雫月はあたふたとするしかなく、結局送ってもらうことになる〉
〈二人きりになり、並んで歩きながらサークルの話に〉

藍理「どう?少しは不安消えた?」

〈気遣って誘ってくれたことを察して、少し見上げる。こちらを見ず歩く藍理。横顔はやっぱりかっこよくて、雫月は脳内で首を左右に振る〉

雫月「はい。頑張ろうって、思いました」
雫月(不安が消えたわけじゃないし、そんな簡単に治せるとは思わないけど、頑張りたいのは本当だしーー)

〈藍理が、少し考えるそぶりをして、呟く。みんなといる時とはまた違う落ち着いたトーン〉

藍理「曲通しが苦手?練習のときはのびのび踊れてるよな」

〈雫月、立ち止まる〉

雫月「……見てたんですか」
藍理「見てるよ、ちゃんと」

〈少し沈黙があって、雫月が恐る恐る唇を開ける〉

雫月「……視線を感じると、ダメなんです」
藍理「うん」

〈藍理は歩くスピードをゆるく抑えて頷く。強く注目されていないいつも通りの空気感が雫月に安心感を与え、流されるように話し始める〉

雫月「姉が、ミュージカルの劇団に所属しているんですけど。私も小学生の頃、姉とミュージカル教室に通ってたんです。姉と同じ舞台に立つことがただ楽しくて。ただ姉は特別だったから……だんだん差が開いて行きました」

〈語りながら回想〉

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■Scene 6:
(回想)雫月小学生の頃 ―ミュージカル経験

〈姉が、外部舞台への出演が決まる。すごく喜ぶ先生と親。姉がインタビューを受けている姿。先生から「才能がある」と褒められている。〉

雫月(お姉ちゃんすごい、私も頑張らなきゃ。じゃないと一緒の舞台に立てない……)

〈焦りから、ミスを連発〉

先生「落ち着いてやりなさい。気持ちが乗ってないからそうなるんだ。集中できているか、自分を見返して」

雫月(どうしたらいいかわからなかった。どんどん離れていく姉に。ついていけない自分の実力にも)

〈姉の輝かしい姿と、自分が練習で何度も転ぶ姿〉
〈小学校を卒業する姉が立つ最後の発表会。主演が姉で、雫月も役をもらう。一緒に踊れる舞台で気合いが入るけどプレッシャーがある〉

雫月(絶対、絶対成功させなきゃ……)

〈大事なシーンで振りが飛んで、観客のざわめきの中で呆然と立ち尽くす〉

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■Scene 7:
再び帰り道(現在)

雫月「それ以来……ステージに立つのが怖くなって。それどころか自分の気持ちを表に出すことも苦手になりました。どんどん言葉数も減って、それで今の私が誕生です」

〈自重気味に笑う雫月を藍理がじっと見つめる〉

雫月「……や、あの、ごめんなさい、私何話してるんだろ。こんな暗い話。困りますよね」
藍理「全然。聞けて納得したし。それでもサークルに入ってくれたってことは、何か感じたってことだろ?俺は嬉しいよ」

〈嘘がなさそうな言葉に雫月は、驚いて藍理を見つめる〉

藍理「なあ、ちょっと、飲み物買っていい?」

〈さらっと言って公園の入り口を指差す藍理。雫月も頷いて公園へと入る〉
〈自販機に向かいながら続きを口にする〉

藍理「……でもさ、ちょっとだけ透けて見えるんだよ。雫月の中の表現したいって気持ち」
雫月「え?」

〈ペットボトルを1本雫月に渡し、出口ではなく公園に入っていく藍理。驚きながらも慌てて雫月は追いかける〉

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■Scene 8:
同日夜、 ―立ち寄った公園の街灯の下

雫月「藍理さん……?」

〈藍理はスマホを取り出し、何かを設定して地面に置く。スマホからは音楽が流れ出し、雫月は驚く。流れ出したのは今日練習したジャズの音楽〉

藍理「ほら、踊ろうぜ」
雫月「え、!?無理です、 あの、話聞いてました……?」
藍理「んじゃ、俺が先」

〈自由人な返答をして、軽快にステップを踏み、街灯の下で踊り出す。同じ曲でも藍理の表現はHIPHOPに近く全く異なる世界観が生まれていた。雫月、引き込まれるように見つめる〉

雫月(この人のダンス、やっぱり素敵。それに、すごく楽しそう。そういえば私こんなふうになりたいって、あの日無意識に思ったんだ)

〈新歓ステージでの藍理のソロパートを思い出して立ち尽くす〉

藍理「──雫月も、な?」

〈踊りながら手を差し出す。雫月は、おずおずと惹かれるように踊り始める。雫月の振りに合わせて、藍理も空気を変えて踊るから、その変化が楽しくて徐々に笑顔に〉
〈街灯の下で二人で楽しそうに踊る様子〉

雫月(楽しい。どんどん空気が引き上げられるような、連れて行かれるような不思議な感覚)

〈音楽が終わりーー〉

藍理「できるじゃん?やっぱ、超かっこいいよ」
雫月「や、今のは、完全に藍理さんのおかげというか、すごいです……」

〈座り込んで夢見心地の雫月。ペットボトルを頬に当てて上から見下ろす〉

藍理「気付いてないのかもしれないけど、踊ってる時、雫月超いい顔するんだよ。もっと見せたいって、俺は思うよ」

〈街灯がスポットライトのようにあたり、かっこよすぎる藍理。雫月は思わず火照る〉

雫月「お世辞、大丈夫です。ありがとうございます」
藍理「違うって。さっきの話聞いて本当に納得したんだよ。隠してるだけで、感情がいっぱい眠ってる、それ表現してやらなきゃ。いいもの持ってんだから」

〈藍理が、頭をぽんと撫でる。大きな手に心臓が大きく跳ねる〉

雫月「……っ、やめてください! そういうとこ……本当にずるい……!」
藍理「ずるいって……超可愛いじゃん(笑)」
雫月「藍理さんって……ちゃらいですよね……」
藍理「でも、優しいだろ?」
雫月「良くないと思います!」
藍理「生意気な〜、仮にも代表だぞ」

〈頬を摘んで怒ったふりをする藍理と、真っ赤な顔で逃げようとする雫月。夜の静かな公園に、賑やかな笑い声と音楽が残る〉

雫月(本当にずるくて優しい人。頑張ろうって、自信持ってみようって、思わせられちゃうんだからーー)

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(第2話終了)
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