【マンガシナリオ】ノイズまみれの恋に溺れて ―感情ミュートな私の、恋の始まり。
第3話
■冒頭モノローグ

〈スマホ画面に映る、ミュージカルのPR動画。堂々とステージに立ち、華やかに踊りながら歌う楽しそうな女性が映っている〉

雫月(本当は、ずっと思ってた。いつか私も、こんなふうになりたいってーー)

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■Scene 1:

6月。新入生お披露目ステージ当日。 ―学内のホール

〈ホールに満員の学生が入る。ざわざわと賑やかな会場。入り口に書かれた「新入生お披露目ステージ」の看板〉

〈舞台裏で、各々が話しているサークルの様子。各々が揃えた衣装と気合いの入ったメイクで励まし合う賑やかな雰囲気〉

藍理「今日は、全力で楽しもう!ここまでみんな頑張ってきたから、実力は十分!あとは楽しむだけ!」
部員「ふうぅうう!」

〈すごく盛り上がる中、雫月だけが端で表情をこわばらせる。隅で深呼吸を繰り返し、指先が小さく震えている〉

雫月(大丈夫、大丈夫……。平気。ちゃんと練習したし……。)

〈いくら自分に言い聞かせても、不安は消えてくれず少しづつ青ざめていく〉

雫月(失敗したらどうしよう。……またあの時みたいに)

〈視線が観客席の方へ向き、眩しい照明とざわめきが目に入る。ふと、記憶の中の舞台がフラッシュバックする〉

〈幼い頃のミュージカル舞台、本番で固まって動けなくなった自分。観客の視線、姉の驚いた顔〉※以前も出てきているのであっさり目に。

雫月(やばい、深呼吸、深呼吸……)

〈意識すればするほど呼吸が浅くなり、肩が上下する。視界が少しぼやけ始める。〉

雫月(あー、だめだ、苦しい。やっぱり私にはステージなんて無理なんだ……)
藍理「……い、おい、雫月」

〈ほんの少し焦ったようにも見える表情の藍理が揺れる視界に入る。気付けばステージが始まり、トップを飾るGIRLSのメンバーがステージで艶やかに視線を奪っているところだった〉

藍理「大丈夫か?顔やばいぞ」

〈藍理を認識して咄嗟に両手で顔を隠す。その両手が震えているのを見て、藍理が優しく肩に触れる。驚くけれど、苦しくて顔を見せられず俯く雫月。〉

藍理「ばか、落ち着け。焦りすぎ」

〈狭いからか至近距離で、落ち着いた声で囁かれて少し驚く〉

藍理「俺の顔みて、いつも通りだから、な?」

〈顔を覗き込まれて一瞬視線が会うけれど、ステージの音が大きくて心臓は嫌な音ばかり立てる。目を閉じて首を左右に振る〉

藍理「……大丈夫だって」

〈それでも震える雫月の手。藍理が冗談っぽくその手をとり両手で包み込む。その手の暖かさに、少し心が落ち着いたような気がして、藍理と視線があった〉

藍理「やっと、目あった。手冷たすぎな。指先からビビりを感じるわ」

〈茶化すように、本当にいつも通りの口調に、少しずつ落ち着いて呼吸が整ってくるのを感じる。手のひらを包み、優しく撫でるそのリズムで深呼吸ができる〉

雫月「……なんで、魔法みたい……」
雫月(絶対にもう無理だって、思ったのに、こんなに落ち着くなんて……)

〈ステージを落ち着いて見られる、その状況が不思議で雫月は両手に視線を落とし、独り言のように呟いた〉

〈まっすぐすぎる雫月の言葉に、藍理が一瞬素で驚いた顔。その後、照れたように無邪気に笑う。〉

藍理「なんだそれ!」

〈大人びていない笑顔は初めてで、雫月は驚き頬を染める〉

沙耶「雫月、行けそう?」

〈ステージ横から沙耶が呼ぶ。Jazzの先輩2人も揃ってこちらを見ている〉

藍理「よし、行けそうだな。大丈夫、どうせみんな初ステージだし。失敗しても、最後に笑えたら俺らの勝ちじゃん。無茶苦茶でいい、好きなようにやってこい」

雫月(無茶苦茶だ。でも不思議。安心できる言葉)
雫月「はい、行ってきます」

〈雫月、深く息を吐いて頷く。藍理がそっと手を離し、雫月は沙耶の下へと走っていく〉

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■Scene 2:
同日お昼 、ステージ本番 ―学内ホールステージ

〈舞台上の明るい照明。眩しさに目を細める。〉

雫月(あ、この感じ、覚えてるーー。大丈夫、冷静だ。音楽も聞こえる。手に、先輩の暖かさが残ってる)

〈曲が流れ始める。観客の歓声。踊り出すメンバーたち。最初は順調〉
〈眩しさに目が慣れてきて、客席が一瞬視界に入った途端、心臓が大きく跳ねた。ざわめきが大きくなり音楽が遠くなる感覚に汗がにじむ〉

雫月(あれ……?何だっけ……次……)

〈動きが一拍ずれてパニックの寸前。頭が真っ白になる感覚〉
〈ステージ横から手を叩く音が聞こえ、視線をうつす。視線の先にはカーテンのギリギリのところに立つ藍理が、手で軽くカウントを示すようにリズムを取っている〉

雫月(藍理さん、音とってくれてる)

〈カウントに合わせてなんとか動かすうちに冷静になり、音が拾えるようになる。藍理が、視線を合わせて笑う。「楽しめ!」口パクの笑顔に、雫月は頷く〉

〈少し離れた場所で踊る沙耶も、さりげなく立ち位置を調整しながら雫月をサポートしてくれており、それに合わせて立て直す〉

雫月(大丈夫だ、私、踊れてる。一人じゃないんだーー)

〈音楽の終盤、雫月は次第にリズムに乗り、自然な笑顔に。それを確認した沙耶と藍理は安心した様子で見守る〉
〈ラストポーズ。大きな拍手。〉
〈次の曲で全員がステージにてジャンル混同のフリーダンス。藍理のダンスを後ろから見るのは新鮮で、藍理越しに映る観客席の景色は、みんな楽しそう〉

雫月(この景色は、忘れらないだろうな)

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■Scene 3:
本番終了後 ―舞台袖

〈ステージが終わり、舞台袖から外へとメンバーが流れていく中、最後尾でふらふらと戻った雫月。そのまま崩れ落ちるように座り込んでしまう〉

雫月(……終わった。楽しかった、怖かった……)

〈忘れていたかのように震え出す手をぎゅっと握って、俯く。ぽろぽろと涙が膝に落ちる〉

千夏「雫月?どした?」
花梨「ん?疲れ切っちゃった感じ?」

〈俯いているから気付いていない様子の二人に隠すためにぐっと俯く。すぐに何事もなかったように立ちたくても膝が震えて立てなかった〉

雫月「……あ」
雫月(……だめだ、喋ろうとしたら震えて、泣いてしまう)

〈ふわっと顔を隠すように黒の衣装がかけられる〉

藍理「千夏、花梨、GIRLS写真撮るって言ってたから早く行ったほうがいいかも」
千夏「え!ありがとうございます!」
花梨「ごめんね雫月!先いくね!」

〈走り去る2人をひらひらと手を振って見送る藍理〉

藍理「……で?強がりな雫月ちゃんは、大丈夫?」

〈ゆっくりと衣装をめくられ、藍理と視線があう〉

藍理「はは、泣き虫」
雫月(そんな、優しい声かけないで……)

〈かけられた衣装を引っ張り、顔を隠しながらさらに涙を溢れさせる。その様子に驚いたように両手を離して藍理は苦笑い〉

藍理「楽しかった?」

〈無言のままの雫月。藍理は、衣装越しに優しく頭を撫でる〉

雫月「……っ、わかん、ない……っ」

〈肩を大きく震えさせる雫月。藍理は、もう一度衣装をずらして、顔を覗き込まれる。からかわれるかと思いきや真剣な表情〉

藍理「よく頑張ったな。綺麗だったよ」
雫月「……っ、うぅ」

〈優しい声がずるくて、さらに子供のように涙をこぼす雫月に、眉をハの字にして優しく笑う〉

藍理「大丈夫だって、もー、子供かっ」

〈子供をあやすように、軽くハグをされ、トントンと背中を撫でられる。驚いて、胸がキュっとなったけれど、安心感に身を任せてしまう〉

雫月(こんなふうに誰かに褒められて素直に嬉しいの、いつぶりだろうーー)

〈背中に手が伸びそうになり、自分で止める〉

雫月(だめだ、この安心感を受け止めたら、きっと戻れない。これは、藍理さんの中では特別なんかじゃないんだから)

〈それでも安心感には抗えず、しばらく拒否することもなく藍理の腕の中で涙をこぼしていた〉

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■Scene 4:
同日夜19時頃 ―打ち上げ

〈その日の打上会場は、サークルのメンバーのバイト先だというおしゃれなバー。盛り上がる雰囲気。店長からのご厚意でいただいたシャンパンを藍理が豪快に飲む様子。周囲が盛り上げる〉

千夏「おーー、すごいね」
花梨「ね、びっくり」

〈雫月はいつものふたりと一緒に隅の席でオードブルをつまみながらオレンジジュースを飲む〉

千夏「それにしても、藍理さんは今日もずるかったね、ね?雫月」

〈にやにやしながら言われて、雫月は顔を真っ赤にする〉

花梨「あー、お姫様抱っこ事件ね?あれはやばかった、どうだった?雫月」
雫月「勘弁してください。ていうか、さっきも言ったよね!?歩けなかっただけなの……!」

〈【回想】会場の外で写真を撮りまくってるメンバーの中、藍理が雫月をお姫様抱っこした状態で会場から出てきてすごく盛り上がったシーン〉

藍理「落ち着いたなら出るか」
雫月「……あの、先行ってください。足が震えてて、力入らなくて……」

〈心底呆れ顔の藍理が、問答無用で担ぎ上げた流れ〉

莉子「これで、まんまと雫月ちゃんも藍理さんファンかな」

〈いつの間にか3人のテーブルに現れた莉子が隣に腰掛ける〉

花梨「莉子さんも、藍理さん大好きって言ってましたもんね」
莉子「あれはみんな好きでしょ、だって超かっこよくない?」

〈ぐいっとお酒を飲む莉子。その視線の先には、酔っ払った様子で楽しそうに笑い合う男女の集団。その中心で藍理は距離感近く女性人とも笑いあっている。〉
〈巻き髪に触れて「かわい」と微笑む様子。それに「やば!かっこいい〜」と騒ぐ女子〉

雫月「でも、莉子さん、彼氏募集中だって……?」
莉子「うん?そうだよ。あーー、藍理さんはそういう「好き」じゃないの。そっかそうだよね」

〈納得した様子で、莉子は雫月の肩を組む〉

莉子「あのね、藍理さんは、誰にでも優しいし、誰にでも王子様なの!だから、あんま本気になっちゃだめだよ。本気になったら絶対苦労するから」

〈まっすぐな目に、雫月は息を飲む〉

莉子「なんて、なっちゃうときはなっちゃうから仕方ないけどね〜」

〈へらへらと笑いながら藍理のいる集団へ向かう莉子。音楽が変わったのを合図にそのままステージへと上がって、5、6人で踊り出す。藍理もその輪で楽しく音楽に乗り、かなり近い距離で楽しんでいる。肩を寄せたり〉

〈千夏と花梨が、莉子のはっちゃけ具合に笑う中、雫月は手元のオレンジジュースを見つめる〉

雫月「本気になんて、なれないよ。あんな別世界のひとーー」

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■Scene 5:
打ち上げ中 ―お店の外のベンチ

〈外の空気を吸うため、お店の外で休憩。星空が綺麗。心はどうしてかもやもやしている〉

雫月(なんでこんなにもやもやしてるんだろう。今日は、未来が開けた気がした。一歩、明確に一歩を踏み出した気がして、最高な日になったと思っていたのに……)

〈【回想】握ってくれた手のひらと抱きしめてくれた背中。同時にバーでのやんちゃな姿〉
〈首を振って振り切る〉

雫月(だめだめ、気にしたって仕方ないの。あの人にとっては、誰にでもできることなんだ。あのぬくもりも、言葉も全部、特別なんかじゃない)
雫月「慣れない環境で、浮かれてたかなあ……」

〈独り言を零す雫月。通知が鳴り、スマホを見る。それを見て、再び雫月は固まる〉

母(メッセージ)「お姉ちゃん、今度主演が決まったよ!雫月も頑張ってる?」

〈メッセージの下にはURLが貼られている。雫月が震える手でタップする〉

〈画面に映るのは、舞台の宣伝映像。キラキラした照明の中、堂々と踊る姉の姿だった。練習風景も映り、楽しそうにカメラに笑顔を向けて踊る姉。インタビュー映像で真剣に思いを語る姿〉

〈初めは目を輝かせるけれど、徐々にスマホを持つ手に力がこもり、そっとスマホの電源を落とす〉

雫月(お姉ちゃんはすごい……私がどれだけやったって、お姉ちゃんほどにはなれない……)

〈しゃがみ込んでうつむく〉

雫月(舞台を楽しいと思えた。一瞬だけ、自信が持てた気がした。でも――やっぱり、私はお姉ちゃんとも、藍理さんとも遠くにいて。まだ“何者”にもなれていないーー)

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(第3話終了)
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