双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~3
「錠前って、あの鍵と対になるやつですよね?」

 プレソールは大きな体を揺すって、頷く。

「そうなんだ、弟よ」

 三年前に妻を亡くしてからさらに太ったプレソールは、ゆで卵に手足が生えたかのような体型をしていた。王族でありながら茶色だった頭髪が、この三年で綺麗さっぱりなくなっていることも卵を連想させる。

 だが、人懐こい茶色い瞳は子どもの頃から変わらない。

 プレソールはお茶のおかわりを飲みながら、説明する。

「僕は目覚めてしまったんだ。錠前の奥深さに」

 ルイゾンは考え込むように腕を組んだ。

「なるほど、奥深さですか」

 さっぱり意味がわからない時はとりあえず繰り返すことにしている。

 プレソールは焼き菓子に手を伸ばしながら続けた。

「この間まで装飾用の鍵を集めていただろう? でも、気付いたんだ。鍵は使ってこそ鍵。美しいだけでは物足りない」

 一時期、プレソールは使う当てのない古くて美しいアンティークの鍵をあちこちから集めていた。

 ――それに飽きたというわけか。

 納得していると、プレソールは芝居がかった口調で言い募る。

「錠前の方に目を向けたら、これがおもしろくてね。知っているか、弟よ。最近の鍵は内部にたくさんピンを作って、それに合わせるように鍵を作るんだ。パズルのような楽しさがある」

 ――最近知ったばかりにしては詳しいな?

 引っかかりを覚えたルイゾンは探るように聞いた。

「そこまで詳しいとは、さすが兄上です。もういくつか作っているのですか?」
「ああ、職人に教えてもらって、何個か作った。楽しいぞ」

 ――なるほど。すでに夢中になっているわけか。

 納得したルイゾンは先を促した。

「それで錠前工房なんですね」

 プレソールは、空になったカップを置いてルイゾンを見つめた。薄い茶色の瞳が母親を彷彿とさせる。

「そうなんだ。いつでも気が向いた時に錠前を作りたい。だから小さくていいんだ」

 風変わりな要望だったが、規模自体は大したことはない。

 ――義姉上が亡くなって三年。ずっと落ち込んでいたが、そろそろ元気になってきたのだろうか。

 ルイゾンとシャルロットがそうだったように、プレソールとその妻マルゴーも父が結婚相手として決めた。ルイゾンと違うのは、プレソールの場合は、万が一にでも野心を抱かないように、小さな子爵家の娘と結婚させられたことだ。

 それでも、夫婦仲はうまくいっているように見えた。

 プレソールとマルゴーが宮殿の中庭を睦まじく歩く姿を、ルイゾンは何回も目撃した。大きな体格のプレソールの隣を、少女のようにほっそりしたマルゴーが並んで歩いているのは微笑ましい光景だった。

 だが、その幸せも長くは続かなかった。

 マルゴーが魔獣に襲われて亡くなったのは、三年前のことだ。

 体の弱かったマルゴーは、療養のため国境沿いの温泉地に滞在していたのだが、その時に群れからはぐれた魔獣と出くわした。不幸な事故だった。

 一報を聞いたルイゾンはすぐに討伐隊を向かわせたが、時すでに遅く、マルゴーは無惨な状態で見つかった。国王として責任を感じたルイゾンは自警団を増員したが、それでプレソールの悲しみが癒えるわけはなく、マルゴーの後を追うのではないかと誰もが心配するほど憔悴しきっていた。

 が、マルゴーの死から半年後、プレソールは復活した。それまで社交などまったくしなかったのだが、仮面舞踏会に手当たり次第参加したり、お忍びで王都に出たりするようになったのだ。

 本人は隠しているつもりなのだろうが、体型と頭髪からひと目で誰かわかる。妻を亡くした悲しみを紛らわすにしては、品のよろしくない場所に出現したこともあったらしく、生前の仲のよさも上っ面だったのかと陰口を叩かれた。

 だが、ルイゾンはなにも言わなかった。

 人の内面など、外側からはわからないからだ。

 下町や王都で好き勝手されるより、いっそ目の届くところにいてもらった方がいい。そう思ったルイゾンは小さく頷く。

「わかりました。それでは本宮殿の近くの丘はどうでしょう。見晴らしがよくて、作業も捗りそうです」

 しかし、プレソールは首を横に振った。

「いや、西塔の外れはどうだろう。使っていない小さな離れがあっただろう?」

 王妃宮にやや近いことが気になったが、確かにちょうどいい離れがあった。

 ――ピエリックに見回りを強化させればいいか。

 ルイゾンは、忠実な赤毛の騎士を思い浮かべて了承する。

「では、そちらにしましょう。それにしても錠前とは。兄上の才能にはいつも驚かされます」

 子どもの頃から器用だったプレソールが、木彫りの人形やからくり箱を作ってはルイゾンに贈ってくれたことを思い出す。

 その頃と変わらない目をして、プレソールは微笑んだ。

「そう言ってくれるのはお前くらいだ。魔力も大してない、魔法も上手に使えない僕が毎日楽しく過ごせているのは、お前のおかげだよ。いつも感謝している」

 ふたりきりの時に限られるにしても、ルイゾンをお前呼ばわりできるのは、プレソールだけだ。ルイゾン自身がそれを許している。なんだかんだ言いながら、自分はこの風変わりな異母兄を気に入っているのだ。

 ――だからこそ、用心しなければならないが。

 もはや体の一部のように染みついた警戒心をルイゾンが微笑みの裏に隠していると、プレソールはからかうように言う。

「ところで弟よ、結婚生活はどうだ」

 意表をつかれてむせそうになった。

「どう、とは」

 プレソールはどことなく先輩風を吹かせながら続ける。

「わかっているよ。最近お前が楽しそうなこと。宰相も言っていた。魔獣討伐で留守にするのも寂しそうだって。王妃と離れ難いんだろう?」

「ゴダン宰相が、そんなことを言っていたんですか?」

 父の代から仕えている重鎮がそんなことを言うとは意外だった。プレソールは頷く。

「ああ。言っていたぞ」

 ――真面目すぎるくらい真面目で、ふた言目には、国のためだと苦言を呈する宰相が兄上とそんな話を?
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