双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~3
――それができたら苦労しない。
優秀さを見込まれて右腕になった自負のあるレスターは、耳を疑うような顔をする。
「は? 今なんと?」
「聞けるのならとっくに聞いている。だから馬鹿だと言ったのだ」
レスターは眼鏡の奥の目を細めた。
「左様でございますか。では『観察眼』をお使いになっては」
ルイゾンの片眉がピクリと上がる。
「お前も知っているだろう。『観察眼』では、そこまでわからない」
『観察眼』は万能ではない。
魔力の多寡や、能力の有無、明らかな悪意、向き不向きなどはわかるが、本人が善だと思い込んでいれば、どんな悪辣なことをしていても見抜けない可能性がある。
どう活かすかはルイゾンの裁量にかかっていた。
そもそも、特殊能力を使わなくても、ジュリアがルイゾンに敬意を抱いていることはわかっている。それ以上を求めたい気持ちはあったが、気長に取り組むつもりだった。
だが、ここに来てまさか避けられるとは。
周囲に人がいなくなったのを確認したレスターは、さらに声を落として続ける。
「王妃殿下が理由もなく陛下を遠ざけるとは思えません。少しは身に覚えがあるでしょう?」
――ある。
だが、言いたくない。
レスターは見抜いたかのように頷く。
「心当たりがあるなら素直に白状してください」
ルイゾンは仕方なく口を開いた。
「あるとするならだが、二カ月も前のことだ」
ピンと来た様子でレスターは呟く。
「二カ月前? 王子殿下たちと一緒にお忍びで王都に出かけた際になにかあったんですね」
――どこまでも察しがいい部下だ。
レスターが言う通り、王子たちとジュリアの四人で王都に出かけた、その帰りの馬車での出来事だった。
ルイゾンはジュリアの居場所になりたいと打ち明けた。ジュリアは泣き顔で言ってくれた。もうなってくれています、と。そして付け加えたのだ。
『ルイゾン様の心臓の音を聞くと、安心します』
ルイゾンはその言葉が嬉しくて、とても愛しくて――明らかに家族の抱擁ではない強さで抱きしめた。
ジュリアが、よそよそしくなったのはそこからだ。
ふたりきりになると不自然に固まるようになってしまった。
本人は隠しているつもりらしいので、こちらからもなにも言わないが、やはりルイゾンのことを警戒しているのだろう。
契約結婚の相手から好意を抱かれていたなんて、といったところか。
「認めたくないが……しくじったのかもしれない」
気弱に呟くと、レスターが吹き出しそうになりながら応じる。
「ご結婚していらっしゃるのに、まどろっこしいですね」
結婚しているからだと言い返したいのを我慢して、冷静に答えた。
「八歳も年齢が違う上に、私の方が圧倒的に身分が高い。私の些細な振る舞いが、相手にとっては威圧になる可能性がある」
ルイゾンが命令すれば、ジュリアは聞かざるを得ない。だが、そうやって手に入れたいわけではないのだ。
「ご本人にわからないよう根回しはするのに?」
「『新年の儀』に、髪色に偏見がなさそうな者たちを集めただけだ」
だが、レスターの追及は止まらない。
「殿下たちの誕生パーティの参加者を、陛下自ら厳選されていることも含まれます」
「場を乱しそうな者はできるだけ排除した方がいいだろう。派閥の公平さを保つために、何人かは呼ばざるを得なかったが」
『新年の儀』ほどは不穏要素を外せなかったのが気がかりだった。
レスターは楽しそうに笑った。
「わざわざ陛下自らお届けに上がるほど大事な招待客リストですものね」
「うるさい」
悪態をついてもこたえた様子はない。
「私としてはそんな陛下を拝見できて嬉しく存じます」
「おもしろがっているな……それで本題はなんだ」
ただ戻りが遅いだけで、レスターが迎えに来るわけがない。
案の定、レスターはかしこまった態度になった。
「応接室でプレソール王兄殿下が、お待ちです」
「兄上が?」
「はい」
プレソールとは、ルイゾンの七歳年上の異母兄だ。
父が気まぐれに踊り子に手を出して生まれたのだが、認知はされている。宮廷の外れの小さな離宮で暮らしているが、王位継承争いから離脱することを早々に公言し、それゆえ安定した待遇を手に入れていた。
いつ会っても呑気な男で、ある時などルイゾンに、王宮からの年金を頼りに優雅な生活を送っている自分にとって、年金を止められることが一番の懸念事項だと言い放った。
その時は思わず大笑いした。
プレソールが嘘をついていないことがわかったからだ。
ある意味図々しい性格のプレソールは、ルイゾンに融通してもらいたいことがあれば、遠慮なくねだってくる。どれもたわいのないものばかりだが、今回もそれだろうと察しがついた。
「手短に話を聞いて、すぐ戻る」
後回しにするよりはその方が楽だと思ったルイゾンは、そのまま応接室に足を向ける。
レスターはその背中を見送って一礼した。
‡
「錠前工房を作ってほしい?」
応接室のソファでプレソールと向かい合ったルイゾンは、意外すぎる提案に思わず聞き返した。
優秀さを見込まれて右腕になった自負のあるレスターは、耳を疑うような顔をする。
「は? 今なんと?」
「聞けるのならとっくに聞いている。だから馬鹿だと言ったのだ」
レスターは眼鏡の奥の目を細めた。
「左様でございますか。では『観察眼』をお使いになっては」
ルイゾンの片眉がピクリと上がる。
「お前も知っているだろう。『観察眼』では、そこまでわからない」
『観察眼』は万能ではない。
魔力の多寡や、能力の有無、明らかな悪意、向き不向きなどはわかるが、本人が善だと思い込んでいれば、どんな悪辣なことをしていても見抜けない可能性がある。
どう活かすかはルイゾンの裁量にかかっていた。
そもそも、特殊能力を使わなくても、ジュリアがルイゾンに敬意を抱いていることはわかっている。それ以上を求めたい気持ちはあったが、気長に取り組むつもりだった。
だが、ここに来てまさか避けられるとは。
周囲に人がいなくなったのを確認したレスターは、さらに声を落として続ける。
「王妃殿下が理由もなく陛下を遠ざけるとは思えません。少しは身に覚えがあるでしょう?」
――ある。
だが、言いたくない。
レスターは見抜いたかのように頷く。
「心当たりがあるなら素直に白状してください」
ルイゾンは仕方なく口を開いた。
「あるとするならだが、二カ月も前のことだ」
ピンと来た様子でレスターは呟く。
「二カ月前? 王子殿下たちと一緒にお忍びで王都に出かけた際になにかあったんですね」
――どこまでも察しがいい部下だ。
レスターが言う通り、王子たちとジュリアの四人で王都に出かけた、その帰りの馬車での出来事だった。
ルイゾンはジュリアの居場所になりたいと打ち明けた。ジュリアは泣き顔で言ってくれた。もうなってくれています、と。そして付け加えたのだ。
『ルイゾン様の心臓の音を聞くと、安心します』
ルイゾンはその言葉が嬉しくて、とても愛しくて――明らかに家族の抱擁ではない強さで抱きしめた。
ジュリアが、よそよそしくなったのはそこからだ。
ふたりきりになると不自然に固まるようになってしまった。
本人は隠しているつもりらしいので、こちらからもなにも言わないが、やはりルイゾンのことを警戒しているのだろう。
契約結婚の相手から好意を抱かれていたなんて、といったところか。
「認めたくないが……しくじったのかもしれない」
気弱に呟くと、レスターが吹き出しそうになりながら応じる。
「ご結婚していらっしゃるのに、まどろっこしいですね」
結婚しているからだと言い返したいのを我慢して、冷静に答えた。
「八歳も年齢が違う上に、私の方が圧倒的に身分が高い。私の些細な振る舞いが、相手にとっては威圧になる可能性がある」
ルイゾンが命令すれば、ジュリアは聞かざるを得ない。だが、そうやって手に入れたいわけではないのだ。
「ご本人にわからないよう根回しはするのに?」
「『新年の儀』に、髪色に偏見がなさそうな者たちを集めただけだ」
だが、レスターの追及は止まらない。
「殿下たちの誕生パーティの参加者を、陛下自ら厳選されていることも含まれます」
「場を乱しそうな者はできるだけ排除した方がいいだろう。派閥の公平さを保つために、何人かは呼ばざるを得なかったが」
『新年の儀』ほどは不穏要素を外せなかったのが気がかりだった。
レスターは楽しそうに笑った。
「わざわざ陛下自らお届けに上がるほど大事な招待客リストですものね」
「うるさい」
悪態をついてもこたえた様子はない。
「私としてはそんな陛下を拝見できて嬉しく存じます」
「おもしろがっているな……それで本題はなんだ」
ただ戻りが遅いだけで、レスターが迎えに来るわけがない。
案の定、レスターはかしこまった態度になった。
「応接室でプレソール王兄殿下が、お待ちです」
「兄上が?」
「はい」
プレソールとは、ルイゾンの七歳年上の異母兄だ。
父が気まぐれに踊り子に手を出して生まれたのだが、認知はされている。宮廷の外れの小さな離宮で暮らしているが、王位継承争いから離脱することを早々に公言し、それゆえ安定した待遇を手に入れていた。
いつ会っても呑気な男で、ある時などルイゾンに、王宮からの年金を頼りに優雅な生活を送っている自分にとって、年金を止められることが一番の懸念事項だと言い放った。
その時は思わず大笑いした。
プレソールが嘘をついていないことがわかったからだ。
ある意味図々しい性格のプレソールは、ルイゾンに融通してもらいたいことがあれば、遠慮なくねだってくる。どれもたわいのないものばかりだが、今回もそれだろうと察しがついた。
「手短に話を聞いて、すぐ戻る」
後回しにするよりはその方が楽だと思ったルイゾンは、そのまま応接室に足を向ける。
レスターはその背中を見送って一礼した。
‡
「錠前工房を作ってほしい?」
応接室のソファでプレソールと向かい合ったルイゾンは、意外すぎる提案に思わず聞き返した。