双子王子の継母になりまして ~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~3
「……今からでも大広間に見に行こうかしら」
マリヴォンヌは手を止めずに答えた。
「お支度が間に合わなくなるのでやめてください」
「それはそうなんだけど」
そばでやり取りを見ていたサニタが言い添える。
「ジュリア様、大広間を見に行こうとするの朝から五回目ですよ」
「見落としがある気がするのよ」
マリヴォンヌが説得するように言った。
「今は美しく磨かれていてください。それも大事なお仕事かと」
サニタがしみじみとした口調で同意する。
「マリヴォンヌ様、そうなんです……ジュリア様はご自分を磨かれることにあまり興味がないので、他のことで頭がいっぱいになるとどうしても、そちらを優先しようとするんです」
私は言い訳のように呟いた。
「興味がないわけじゃないのよ。でも、今日の主役は私じゃなくてロベールとマルセルでしょう?」
「だからといって手を抜くわけにはいけません」
有無を言わさない圧をマリヴォンヌから感じた私は、項垂れる。
「わかったわ……」
マリヴォンヌは、職人のようにあらゆる角度から私を眺めて、ゆっくりと告げた。
「……本日のジュリア様を控えめながら美しく装うために、いつもと分け目を変えますね」
「え、ええ、お願い」
サニタが目を輝かやかせる。
「マリヴォンヌ様、さすがです! 真ん中分けのジュリア様も素敵ですが、それ以外も拝見したいと思っていたんですよ! 仕上がりを楽しみにしながら、サニタは靴を取ってきます」
言いたいことだけ言って出ていったサニタに、思わず吹き出した。
「ふふっ。サニタって突風みたいよね」
手を動かしながらマリヴォンヌも微笑む。
「一生懸命なのが、いつも伝わってきます」
――思えば、実家にいる頃から、サニタには支えられてきたわ。
そんなことを噛み締めながら、私は作業に集中するマリヴォンヌの横顔を鏡越しに見つめた。
ずっと前からこうしてもらっている気がするが、燃えるような赤毛のマリヴォンヌが侍女頭になったのはごく最近のことだ。
『赤毛は赤毛らしくなくてはいけない』という赤毛至上主義の家門で育ったマリヴォンヌは、髪色に反して火魔法がそれほど得意でない。長い間、それに対して劣等感を抱いていたそうだが、黒髪の私が王子たちのために魔法をぶっ放したことを聞いて、勇気を抱いたらしい。『橋渡りの儀式』の時のことだ。
私からすればただ夢中だっただけなのだが、私に仕えたいと思ったマリヴォンヌはそれをきっかけに本宮殿の使用人として働き出し、偶然それを知った私が空席だった侍女頭の座をマリヴォンヌに託した。黒髪の私を受け入れてくれるなら、銀髪のロベールとマルセルをそのまま受け入れてくれると思ったのだ。
予想は的中し、マリヴォンヌはロベールとマルセルとも、他の皆ともすぐ仲よくなった。侍女頭になってまだ日が浅いとは思えないほど、離宮に馴染んでいる。
マリヴォンヌの横顔から、ふっと緊張が解けた。
「できました。いかがですか?」
いつもと違う自分が鏡の中にいた。
分け目を変え、全体の髪を右側にまとめて垂らしているだけで、かなり雰囲気が変わる。
真珠の髪飾りを左側にだけつけており、パーティに相応しい華やかさが演出されていた。
「……素敵だわ」
どこか大人びた雰囲気に照れながらそう言うと、マリヴォンヌは誇らしげに笑う。
「今日のドレスにとてもお似合いです」
紫紺のドレスは一見地味だが、主役であるロベールとマルセルを引き立てる色合いだ。黒髪には少々重いかと思ったのだが、意外にもしっくり馴染んだ。
振り返った私は、鏡越しではないお礼をマリヴォンヌに伝える。
「マリヴォンヌ、本当にありがとう。髪型だけじゃなく、それ以外も」
使用人の動かし方は女主人の腕の見せどころで、王妃ともなればなおさらだ。
魔草のことしか知らない、弱小伯爵家出身の私が誕生パーティの取りまとめまでできるようになったのは、王妃になってから教わったさまざまな知識に加え、ルイゾン様に昔から仕えていた女官長のフロランス、主席近侍のオーギュスタン、そしてマリヴォンヌと、いろんな人の力を借りたからだ。
特にマリヴォンヌは、侍女頭に就いて日が浅いと思えないくらい、行き届いた気遣いを見せてくれている。そんな気持ちが伝わったのか、マリヴォンヌは茶色の瞳を嬉しそうに輝かせた。
「そんな……私にできることならなんでもおっしゃってください」
さっきまでの真剣な表情とは大違いだ。私は肩の力を抜いて続ける。
「じゃあ、もう一度だけ大広間に点検に」
「それはおやめください」
「……わかったわ」
マリヴォンヌはくすくす笑った。
「フロランス様とオーギュスタン様も不備はないとおっしゃっていたのでしょう?」
その通り。
昨日、四人でおやつを食べた後、私だけ大広間に戻って最後の点検を行ったのだが、フロランスとオーギュスタンもこれで問題ないと断言した。準備は万端のはずだ。
――それでもつい気にかかってしまう。
会場の設え、生花の手配、食事の準備、お客様たちのお出迎え……なによりロベールとマルセルが自分たちの誕生パーティを楽しめるかどうか。
私は小さくため息をついた。
「心配しすぎなのよね。わかっているんだけど」
マリヴォンヌは私のドレスを整えながら答える。
「大丈夫ですわ。よほど突発的なことがない限り」
「そうよね。ここまで徹底的に準備したものね」
諦めたように笑みを浮かべると、鏡の中の私も同じように笑った。
――まさかあれほど予想外のことが起こるなんて、その時は思っていなかった。
マリヴォンヌは手を止めずに答えた。
「お支度が間に合わなくなるのでやめてください」
「それはそうなんだけど」
そばでやり取りを見ていたサニタが言い添える。
「ジュリア様、大広間を見に行こうとするの朝から五回目ですよ」
「見落としがある気がするのよ」
マリヴォンヌが説得するように言った。
「今は美しく磨かれていてください。それも大事なお仕事かと」
サニタがしみじみとした口調で同意する。
「マリヴォンヌ様、そうなんです……ジュリア様はご自分を磨かれることにあまり興味がないので、他のことで頭がいっぱいになるとどうしても、そちらを優先しようとするんです」
私は言い訳のように呟いた。
「興味がないわけじゃないのよ。でも、今日の主役は私じゃなくてロベールとマルセルでしょう?」
「だからといって手を抜くわけにはいけません」
有無を言わさない圧をマリヴォンヌから感じた私は、項垂れる。
「わかったわ……」
マリヴォンヌは、職人のようにあらゆる角度から私を眺めて、ゆっくりと告げた。
「……本日のジュリア様を控えめながら美しく装うために、いつもと分け目を変えますね」
「え、ええ、お願い」
サニタが目を輝かやかせる。
「マリヴォンヌ様、さすがです! 真ん中分けのジュリア様も素敵ですが、それ以外も拝見したいと思っていたんですよ! 仕上がりを楽しみにしながら、サニタは靴を取ってきます」
言いたいことだけ言って出ていったサニタに、思わず吹き出した。
「ふふっ。サニタって突風みたいよね」
手を動かしながらマリヴォンヌも微笑む。
「一生懸命なのが、いつも伝わってきます」
――思えば、実家にいる頃から、サニタには支えられてきたわ。
そんなことを噛み締めながら、私は作業に集中するマリヴォンヌの横顔を鏡越しに見つめた。
ずっと前からこうしてもらっている気がするが、燃えるような赤毛のマリヴォンヌが侍女頭になったのはごく最近のことだ。
『赤毛は赤毛らしくなくてはいけない』という赤毛至上主義の家門で育ったマリヴォンヌは、髪色に反して火魔法がそれほど得意でない。長い間、それに対して劣等感を抱いていたそうだが、黒髪の私が王子たちのために魔法をぶっ放したことを聞いて、勇気を抱いたらしい。『橋渡りの儀式』の時のことだ。
私からすればただ夢中だっただけなのだが、私に仕えたいと思ったマリヴォンヌはそれをきっかけに本宮殿の使用人として働き出し、偶然それを知った私が空席だった侍女頭の座をマリヴォンヌに託した。黒髪の私を受け入れてくれるなら、銀髪のロベールとマルセルをそのまま受け入れてくれると思ったのだ。
予想は的中し、マリヴォンヌはロベールとマルセルとも、他の皆ともすぐ仲よくなった。侍女頭になってまだ日が浅いとは思えないほど、離宮に馴染んでいる。
マリヴォンヌの横顔から、ふっと緊張が解けた。
「できました。いかがですか?」
いつもと違う自分が鏡の中にいた。
分け目を変え、全体の髪を右側にまとめて垂らしているだけで、かなり雰囲気が変わる。
真珠の髪飾りを左側にだけつけており、パーティに相応しい華やかさが演出されていた。
「……素敵だわ」
どこか大人びた雰囲気に照れながらそう言うと、マリヴォンヌは誇らしげに笑う。
「今日のドレスにとてもお似合いです」
紫紺のドレスは一見地味だが、主役であるロベールとマルセルを引き立てる色合いだ。黒髪には少々重いかと思ったのだが、意外にもしっくり馴染んだ。
振り返った私は、鏡越しではないお礼をマリヴォンヌに伝える。
「マリヴォンヌ、本当にありがとう。髪型だけじゃなく、それ以外も」
使用人の動かし方は女主人の腕の見せどころで、王妃ともなればなおさらだ。
魔草のことしか知らない、弱小伯爵家出身の私が誕生パーティの取りまとめまでできるようになったのは、王妃になってから教わったさまざまな知識に加え、ルイゾン様に昔から仕えていた女官長のフロランス、主席近侍のオーギュスタン、そしてマリヴォンヌと、いろんな人の力を借りたからだ。
特にマリヴォンヌは、侍女頭に就いて日が浅いと思えないくらい、行き届いた気遣いを見せてくれている。そんな気持ちが伝わったのか、マリヴォンヌは茶色の瞳を嬉しそうに輝かせた。
「そんな……私にできることならなんでもおっしゃってください」
さっきまでの真剣な表情とは大違いだ。私は肩の力を抜いて続ける。
「じゃあ、もう一度だけ大広間に点検に」
「それはおやめください」
「……わかったわ」
マリヴォンヌはくすくす笑った。
「フロランス様とオーギュスタン様も不備はないとおっしゃっていたのでしょう?」
その通り。
昨日、四人でおやつを食べた後、私だけ大広間に戻って最後の点検を行ったのだが、フロランスとオーギュスタンもこれで問題ないと断言した。準備は万端のはずだ。
――それでもつい気にかかってしまう。
会場の設え、生花の手配、食事の準備、お客様たちのお出迎え……なによりロベールとマルセルが自分たちの誕生パーティを楽しめるかどうか。
私は小さくため息をついた。
「心配しすぎなのよね。わかっているんだけど」
マリヴォンヌは私のドレスを整えながら答える。
「大丈夫ですわ。よほど突発的なことがない限り」
「そうよね。ここまで徹底的に準備したものね」
諦めたように笑みを浮かべると、鏡の中の私も同じように笑った。
――まさかあれほど予想外のことが起こるなんて、その時は思っていなかった。


