マカロン文庫10周年記念企画限定SS

限定SS:円山ひより『極上一夜を過ごしたら、エリート御曹司の純愛からはもう逃げられない』

『約束の結婚式』
 
 焦げ茶色の重厚な扉の前で深呼吸をひとつする。
「パパは?」
 小さな首を傾げた華(はな)が、私の指をギュッと握り呼びかける。
「この扉の向こう側で待ってくれているよ。もう少しだけ待ってね」
「うん!」
 大きな二重の目を嬉しそうに細め、私とお揃いのミニブーケを片方の手で高く掲げる。
 娘の元気な返事に、私は真っ白なウエディングドレスの裾を片手で少しだけ持ち上げた。少し高めの腰の位置から広がる豪華なドレスが心地よい衣擦れの音を立てる。
今日のために暁(きょう)さんが私の意見を取り入れて誂えてくれたこのドレスは、華の身につけているドレスと袖口や裾の柄がお揃いになっている。豪華な銀糸の刺繍とレースが照明に反射してキラリと光る。
――今日は私たち三人の結婚式だ。
二歳半を過ぎた華は初めての京都をとても喜んでいた。
「――お時間です」
 スタッフに声をかけられ、姿勢をただす。花の形をかたどった婚約指輪を通したネックレスが揺れる。
ゆっくり開いていく扉を横目で見つめながら、華に声をかけた。
「パパのところまで一緒に歩こうね」
 ご機嫌な笑顔を浮かべる娘の指を握り直して、ゆっくりと歩き出す。
 私たちが初めて言葉を交わした、すぐ近くに公園があるこのホテルのチャペルは最上階にあり、大きな窓から柔らかな光が差し込む。
傘を彼に渡したあのとき、こんな日を迎えるとは想像もしなかった。
『俺たちの縁が始まった場所で三人の結婚式を挙げたい』
 式場の場所を相談しているときの彼の提案は私が願っていたことと同じで、一も二もなくうなずいた日が懐かしい。
 唐突に始まった縁は、一旦離れ、時間を経て再会し、結ばれた。
 時間をかけて、白銀のフロックコート姿の大好きな人の元へとふたりで進む。
「……綺麗だ、唯(いち)花(か)。華、よくがんばったね」
 私に甘やかな視線を向け、整った面差しを綻ばせ娘を優しく抱き上げる。
 一緒に暮らして数年経つのに彼の眼差しと言葉は今も私の鼓動を簡単に乱す。
「――生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
 牧師の問いかけに、暁さんがはっきり答える。真摯な声に心が震え、胸が詰まる。
「……誓います」
 あふれる想いを言葉に込めて、震えそうになる唇を動かして私も誓う。
「――誓いのキスを」
華を一旦私に預けた彼が繊細なヴェールを持ち上げる。
瞬きで隠した涙を見つけた暁さんがふわりと相好を崩し、長い指で目尻を拭ってくれた。
「……唯花、愛している」
 唇が触れる直前、甘くささやくように口にする。
「私も……愛している」
誓いのキスは幸せな涙の味がした。
「俺と結婚してくれてありがとう」
 私の腕から再び華を抱き上げた暁さんが頬を緩めて口にする。
「唯花と華は俺の宝ものだから。これから先、ずっと守らせて」
「私にとって、暁さんと華は宝ものよ……いつもありがとう」
 どんなときもそばにいて、大きな愛を注いでくれる彼に伝えたい想いはふくらんでこみ上げるのに、胸がいっぱいでうまく伝えられない。代わりに滲み始めた涙で視界がゆらゆら揺れる。
「ママ、パパ?」
 きょとんとした娘の呼びかけに幸せがあふれ出す。
「ずっと、一緒だ」
 私の左手薬指のお揃いの結婚指輪に小さなキスを落とした暁さんが片腕で私を引き寄せ、華と私を抱きしめる。
 約束の結婚式は大切な思い出の一日になった。

<終>
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