マカロン文庫10周年記念企画限定SS
限定SS:櫻御ゆあ『身ごもったけど、お別れします~海上自衛官は情熱愛でママも娘も取り戻す~』
俺はつくづく思う。
海上自衛官よりも、我々を支えている女性たちのほうが強いのではないかと。
舞鶴から佐世保に転勤になって半年が経った。
芙(ふ)優(ゆ)や子どもたちも付いてきてくれ、四人で新生活を送っている。
三等海佐に昇任してから毎年乗る艦艇が変わり、現在は護衛艦の副長として艦長を補佐しながら見識を広めているところだ。
そして、護衛艦による東南アジアの情報収集活動と諸外国海軍との合同演習を終え、三カ月ぶりに帰港した。
芙優はいつも通り、「宗(そう)吾(ご)さん、お仕事お疲れさまでした」と笑顔で俺を出迎える。三カ月も会えなかったとは思えないくらい平然と。
「俺がいない間、寂しくなかったか?」と問いかけても、弱気な答えはいっさい返ってこない。凛(りん)や藍(らん)を連れて佐世保名物のレモンステーキを食べに行ったのだと、楽しそうに語る。
家族が元気に暮らしているのはなによりだ。
心からそう感じるのに、ため息が出る。
「はぁ……」
正直に言おう。俺は家族に会えなくて寂しかった。
海の上では命知らずだと部下から畏怖の目を向けられているのに、母港に帰るのを心待ちにしていたのだ。
そんな俺よりも彼女たちのほうが逞しい気がする。
「パパ、なやみでもあるん?」
小学一年生の凛がリビングにやって来た。夕食と入浴を済ませて、芙優は寝室で藍を寝かしつけている。
家族の中で凛だけが大阪弁を使う。最初は違和感があったが、今ではすっかり馴染んでいる。
「はなしきこか? わたし、しょうがっこうでも、じょうきゅうせいのそうだんにのってるねん」
凛は胸を張った。それはいったいどういう状況だ。
凛は保育園児の頃からおとなびた言動をする。小学生になり拍車がかかっているようだ。
「いや、なんでもないよ」
「ほんま?」
「ああ。それより、レモンステーキはおいしかったか?」
「うん、めっちゃおいしかったで! こどもようはポテトとジュースがついてくるんよ」
洋食屋に行ったときのことを、声を弾ませて教えてくれた。
店内は満席で、店の外にも行列ができていたという。どうやらかなりの人気店らしい。
「へえ」
「ママがな、きっとパパもすきなあじやから、つぎはかぞくみんなでいこうねって。ママっておいしいものみつけたら、パパにもたべてもらいたいって、いっつもいうんよ」
凛の話に、この三カ月恋しがっていたのは俺だけだったのかもしれないという孤独感が和らぐ。芙優が俺にも共有したいと思ってくれていたのがうれしかった。
「そうなんだな」
「ママってパパのことだいすきやん? このあいだもな――」
凛は内緒話をするように耳打ちしてくる。
「ママ、おせんたくしながら『そうごさんにあいたいなあ……』ってつぶやいてたで。パパがぜんぜんかえってこなくてさみしそうやったわ」
「本当か?」
思わず目を見開いた。
芙優はいつも明るくて、俺にはそんな姿をいっさい見せないから、にわかには信じられない。
「宗吾さん、なんだかうれしそうですね。凛とどんなお話をしてるんですか?」
そこへ、芙優がリビングに戻ってきた。藍はぐっすり眠ったようだ。
「あ、ママ。ごめんな。ばらしてもうたわ」
悪戯っぽく笑う凛に、芙優は首をかしげる。
「なにを?」
「ママのひとりごと。『そうごさんにあいたいなあ……』って。このあいだ、きこえてへんふりしたけど、ほんまはきこえてたんよ」
「いつ? どこで聞いたの?」
芙優の顔がみるみる赤く染まった。慌てふためく芙優に、俺は頬が緩みそうになる。
「そ、宗吾さん。凛は『パパ、帰り道わからへんようになったんちゃうん? 迎えに行ってあげようよ』って泣いていましたよ」
お返しとばかりに、芙優が明かした。ふたりともかわいくて、俺にとっては幸せしかない。
「そうやった?」
とぼける凛と芙優を抱き寄せる。
「わっ、宗吾さん」
「芙優も凛も、俺の帰りを待っていたんだな」
「……当たり前です」
芙優が小さな声で答えた。凛も「パパがおらなおもろないやん」と照れ隠しにささやく。俺はなんだかそれだけで感極まってしまった。
凛が寝た後。
芙優は自分が寂しそうな顔をしたら俺を困らせると考えていたのだと打ち明けてくれた。
二児の母として、しっかりしなければという気負いもあったようだ。
「子どもたちのママという前に、俺にとっては妻だ。俺はどんな芙優の本音も知りたいよ」
願い出ると芙優は少しためらった後、ゆっくりと口を開く。
「それじゃあ……言います。宗吾さんに会いたかった。私も一緒に海へ行きたいと思っていました」
海へ行かないでと俺を引き止めるのではなく、一緒に行きたいというのが芙優らしい。
「困るどころかうれしい」
「……宗吾さんと離れたくないです」
芙優は俺にぎゅっと抱きついた。
そう言いながら芙優はまた笑顔で俺を見送り、笑顔で俺を出迎えるのだろう。
彼女が陰で支えてくれるから、俺は海上自衛官として任務に邁進できる。
「もっと言って、芙優。俺を困らせて」
国防にこの身を捧げたっていい、尽き果ててしまいたい――それが自分にふさわしい末路だと諦観していた俺を、こんなふうに変えたのは芙優だ。
どれだけ愛されても愛され足りない。
芙優に愛を乞いながら、彼女に出会えた奇跡に感謝した。
<終>
海上自衛官よりも、我々を支えている女性たちのほうが強いのではないかと。
舞鶴から佐世保に転勤になって半年が経った。
芙(ふ)優(ゆ)や子どもたちも付いてきてくれ、四人で新生活を送っている。
三等海佐に昇任してから毎年乗る艦艇が変わり、現在は護衛艦の副長として艦長を補佐しながら見識を広めているところだ。
そして、護衛艦による東南アジアの情報収集活動と諸外国海軍との合同演習を終え、三カ月ぶりに帰港した。
芙優はいつも通り、「宗(そう)吾(ご)さん、お仕事お疲れさまでした」と笑顔で俺を出迎える。三カ月も会えなかったとは思えないくらい平然と。
「俺がいない間、寂しくなかったか?」と問いかけても、弱気な答えはいっさい返ってこない。凛(りん)や藍(らん)を連れて佐世保名物のレモンステーキを食べに行ったのだと、楽しそうに語る。
家族が元気に暮らしているのはなによりだ。
心からそう感じるのに、ため息が出る。
「はぁ……」
正直に言おう。俺は家族に会えなくて寂しかった。
海の上では命知らずだと部下から畏怖の目を向けられているのに、母港に帰るのを心待ちにしていたのだ。
そんな俺よりも彼女たちのほうが逞しい気がする。
「パパ、なやみでもあるん?」
小学一年生の凛がリビングにやって来た。夕食と入浴を済ませて、芙優は寝室で藍を寝かしつけている。
家族の中で凛だけが大阪弁を使う。最初は違和感があったが、今ではすっかり馴染んでいる。
「はなしきこか? わたし、しょうがっこうでも、じょうきゅうせいのそうだんにのってるねん」
凛は胸を張った。それはいったいどういう状況だ。
凛は保育園児の頃からおとなびた言動をする。小学生になり拍車がかかっているようだ。
「いや、なんでもないよ」
「ほんま?」
「ああ。それより、レモンステーキはおいしかったか?」
「うん、めっちゃおいしかったで! こどもようはポテトとジュースがついてくるんよ」
洋食屋に行ったときのことを、声を弾ませて教えてくれた。
店内は満席で、店の外にも行列ができていたという。どうやらかなりの人気店らしい。
「へえ」
「ママがな、きっとパパもすきなあじやから、つぎはかぞくみんなでいこうねって。ママっておいしいものみつけたら、パパにもたべてもらいたいって、いっつもいうんよ」
凛の話に、この三カ月恋しがっていたのは俺だけだったのかもしれないという孤独感が和らぐ。芙優が俺にも共有したいと思ってくれていたのがうれしかった。
「そうなんだな」
「ママってパパのことだいすきやん? このあいだもな――」
凛は内緒話をするように耳打ちしてくる。
「ママ、おせんたくしながら『そうごさんにあいたいなあ……』ってつぶやいてたで。パパがぜんぜんかえってこなくてさみしそうやったわ」
「本当か?」
思わず目を見開いた。
芙優はいつも明るくて、俺にはそんな姿をいっさい見せないから、にわかには信じられない。
「宗吾さん、なんだかうれしそうですね。凛とどんなお話をしてるんですか?」
そこへ、芙優がリビングに戻ってきた。藍はぐっすり眠ったようだ。
「あ、ママ。ごめんな。ばらしてもうたわ」
悪戯っぽく笑う凛に、芙優は首をかしげる。
「なにを?」
「ママのひとりごと。『そうごさんにあいたいなあ……』って。このあいだ、きこえてへんふりしたけど、ほんまはきこえてたんよ」
「いつ? どこで聞いたの?」
芙優の顔がみるみる赤く染まった。慌てふためく芙優に、俺は頬が緩みそうになる。
「そ、宗吾さん。凛は『パパ、帰り道わからへんようになったんちゃうん? 迎えに行ってあげようよ』って泣いていましたよ」
お返しとばかりに、芙優が明かした。ふたりともかわいくて、俺にとっては幸せしかない。
「そうやった?」
とぼける凛と芙優を抱き寄せる。
「わっ、宗吾さん」
「芙優も凛も、俺の帰りを待っていたんだな」
「……当たり前です」
芙優が小さな声で答えた。凛も「パパがおらなおもろないやん」と照れ隠しにささやく。俺はなんだかそれだけで感極まってしまった。
凛が寝た後。
芙優は自分が寂しそうな顔をしたら俺を困らせると考えていたのだと打ち明けてくれた。
二児の母として、しっかりしなければという気負いもあったようだ。
「子どもたちのママという前に、俺にとっては妻だ。俺はどんな芙優の本音も知りたいよ」
願い出ると芙優は少しためらった後、ゆっくりと口を開く。
「それじゃあ……言います。宗吾さんに会いたかった。私も一緒に海へ行きたいと思っていました」
海へ行かないでと俺を引き止めるのではなく、一緒に行きたいというのが芙優らしい。
「困るどころかうれしい」
「……宗吾さんと離れたくないです」
芙優は俺にぎゅっと抱きついた。
そう言いながら芙優はまた笑顔で俺を見送り、笑顔で俺を出迎えるのだろう。
彼女が陰で支えてくれるから、俺は海上自衛官として任務に邁進できる。
「もっと言って、芙優。俺を困らせて」
国防にこの身を捧げたっていい、尽き果ててしまいたい――それが自分にふさわしい末路だと諦観していた俺を、こんなふうに変えたのは芙優だ。
どれだけ愛されても愛され足りない。
芙優に愛を乞いながら、彼女に出会えた奇跡に感謝した。
<終>