マカロン文庫10周年記念企画限定SS
限定SS:高田ちさき『社内恋愛症候群~クールな上司と焦れ甘カンケイ~』
『いつかの社内恋愛座談会』
本日の参加メンバー
蓮井貴和子【小悪魔な後輩君に翻弄されて】
成瀬汐里(旧姓:滝本)【イジワル同期の甘い素顔】
衣川朔乃(旧姓:河原)【クールな上司と焦れ甘カンケイ】
日曜の昼下がり。都心から少し離れた場所にあるイタリアンレストラン。落ち着いた店内は満席だったものの、座席ひとつひとつの距離が広くどの客もゆったりと過ごしていた。
「はぁ、おいしい。やっぱり昼から飲むアルコールは最高っ!」
シャンパングラスを持ち上品に口元を拭いながら、汐里は満足そうに微笑んだ。
「滝本さん、ダメじゃない。河原さんの前で」
たしなめたのは、年長者の貴和子だ。ちなみに三人で会うときは旧姓呼びがまだ抜けない。
「あ、そうだった。ごめんね。朔ちゃん」
「ううん、いいんです。もともとそんなにアルコール得意じゃないので」
顔の前で手を振って、汐里に気にしなように伝えているのは朔乃だ。彼女の手元にはシャンパンの代わりのオレンジジュースがあった。
「まあでも、久しぶりの再会だからもう一回乾杯しましょう」
汐里の言葉に貴和子も朔乃も頷いて、グラスを掲げた。
「乾杯」
三人とも元気そうなお互いを見て笑みを浮かべた後、近況報告を始める。
「あれからもう九年も経ってるだなんて……信じられない」
彼女たちが日芝電気で一緒に働いていたのは、九年前だ。
現在はみんなそれぞれの道を歩んでいるが、今でもこうやって年に数度は会う機会を設けている。
「時間はあっという間ですね」
朔乃の言葉に残りのふたりも強く頷いた。同じ時期に同じ職場で働いていた三人。年齢も職種も違うけれど仲良くしていた。離れている今こそ強く思う、職場でここまで長く交流できる相手と出会えることは奇跡なのではないかと。
「あ、これ。忘れるといけないから先に渡しておくね」
貴和子が紙袋を朔乃に渡した。
「ふたり目、妊娠おめでとう」
貴和子と汐里がぱちぱちと小さな拍手を送る。
「お気遣いありがとうございます」
「みずくさいこと言わないで。選ぶのも楽しかったから」
朔乃からみた貴和子も汐里も、思いやりを持った素敵な人だ。感謝しながら朔乃はふたりからのプレゼントを受け取った。
「朔ちゃん、もうふたり目か……衣川ジュニアは元気?」
汐里が言う〝衣川ジュニア〟というのは、朔乃のひとり目の子で二歳の男の子だ。
「最近、イヤイヤ期で大変です。この間もファミレスで呼出ボタンを何度も押したいって駄々こねて……」
その時のことを思い出した朔乃は、にがわらいを浮かべた。
「あぁ、それは大変ね」
貴和子も汐里も想像ができたのか、笑っている。
「あのボタン魅力的だものね。あと、バスの〝次止まります〟ボタンとか。うちの甥っ子も好きだったわ」
汐里は自信の甥と重ねて、朔乃の苦労を思いやる。
「あ~バスのボタンも、好きですね」
朔乃も経験済みなのか、肩をすくめた。
「そんなか、ふたり目の妊娠なんて大変ね」
「はい……でも、幸いつわりもほとんどなく、要さんも助けてくれるので」
少し恥ずかしそうにしている朔乃を汐里が肘でつついてからかう。
「最初のノロケごちそうさまです」
「こら、河原さんをからかわないの」
「はぁい」
貴和子はたしなめたが、汐里は全然反省していないようで朔乃に根掘り葉掘り話を聞くつもりだ。
「しかし衣川さん、まさかこんなに若く大阪支社長になるなんて思ってもなかったなぁ」
「たしかに、若いけれど彼の人事については誰も反対しなかったわよ。あの衣川くんだもの」
朔乃の夫である衣川要は、貴和子にとっては同期の出世頭である。
「それにね、衣川くんが支社長になって、大阪支社の管轄地域の残業率が減って、男性社員の育児休暇の取得率は急激に上がったの。それでいて業績は伸ばしているんだから本当にすごいわよ」
それはひとえに要が率先してワークライフバランスを大切にしているおかげだ。朔乃も夫が褒められると嬉しい。相手が自分が尊敬している貴和子ならなおさらだ。
「それを言うなら、貴和子さんも今は人事部の副部長ですよね。すごいなぁ」
朔乃はこの間、要が持って帰ってきた社内報に、大きく貴和子が掲載されているのを見た。
「まぁ、私は……女性も活躍できる職場だって印象付けるための客寄せパンダみたいなものだから」
苦笑いを浮かべる貴和子に、汐里はテーブルを叩いて抗議する。
「あれだけ仕事ができる貴和子さんが、そんなこと言わないでください。それに〝客寄せパンダ〟じゃなくてみんなの憧れですから」
「そうですよ。昔も今も、貴和子さんはみんなの憧れです」
要と結婚してから専業主婦になった朔乃。結婚生活は幸せで満足しているが、貴和子のようなキャリアを重ねる姿にあこがれを持たないわけではない。
「そう言ってくれると、頑張ってきてよかった……あ、ちょっとごめん」
貴和子のスマートフォンにメッセージが届いたみたいだ。
「若林くんですか?」
「うん、飛行機乗る前に連絡くれたみたい」
聞けば貴和子の夫である若林……もとい蓮井颯真は現在アメリカ出張中で、帰国の知らせを妻にしてきたらしい。
「若林くん頑張ってるんだね。まさか結婚と同時に転職するなんて驚いた」
貴和子の夫である颯真は、現在はヘッドハンティングされて他業界で働いている。
「結婚に至るまでも早かったですよね。苗字も〝蓮井〟にするって決めた時も潔かったのを覚えています」
当時、会社に残る貴和子が苗字を変えるのは大変だからと、颯真が〝蓮井〟姓を名乗ることにした。まだ夫の姓を名乗るのが一般的である現在では思い切った考えだ。
「彼、ああ見えて、言い出すと聞かないから」
貴和子は困った顔をしているように見えたが、実際のところ夫の好きにさせている。外から見たら、年上の貴和子が主導権を握っているように見えるかもしれないが、実情は颯真がしっかりと貴和子を支えている。
「幸せそうでなによりです」
少し恥ずかしそうにしている貴和子に汐里がにやにやしながら声をかけている。
「そんなの、滝本さんだって幸せでしょう。朝から晩までずっと一緒なんだから」
貴和子の言葉に、汐里が「聞いてくださいよ~!」と不満の声をあげた。
「常に一緒にいるって、そんなにいいものじゃないですからね」
汐里の夫である成瀬哲平は、三年前に同級生と一緒に会社を作って独立した。人手不足を補うために汐里も彼の会社で働いている。
「そういうものなんですかね……」
朔乃の言葉に、汐里はヒートアップする。
「そういうものなの! 昨日なんてね、むこうが脱いだ靴下を洗濯機に入れないってことで言い合いになっちゃって、そしたら仕事上でのミスを言ってきたの。それってルール違反じゃない?」
「四六時中一緒にいれば、気持ちの切り替えが難しいのかしら」
貴和子の言葉に汐里は「そうなんです!」と興奮する。
「日芝で一緒に働いていたときとは、ちょっと違うんですよね」
いつも元気な汐里だが、今は肩を落として大きなため息をついている。
そんなとき汐里のスマートフォンに着信があった。
「げ、電話だ。ちょっと出てきます」
彼女の様子から相手が夫の哲平だとわかった。外に出て電話をしはじめた汐里の姿が、窓越しに見える。
「大丈夫でしょうか?」
「あのふたりが喧嘩しているのなんて、いつものことじゃない」
そういえば、日芝電気で汐里と哲平が同期として働いていたときも、そんな感じだった。いつも喧嘩をしていて、いつの間にか仲良くなっている。それの繰り返しだった。
ふと見ると、外で電話をしている汐里が今でも飛び跳ねそうなくらいあの勢いで喜びをあらわにしている。
「ほら、言ったでしょ?」
得意そうにする貴和子に、朔乃は思わず笑ってしまった。
しばらくして帰ってきた汐里は、満面の笑みだ。
「ちょっと聞いてもらっていいですか?」
「もちろんよ、とりあえず座ろうか」
興奮している汐里を、貴和子がなだめて椅子に座らせた。
汐里は落ち着くために、グラスの水を半分くらい飲む。
「実はずっと無理だって言われていた契約が取れたみたいなんです。うちの哲平すごくないですか?」
さっきまで不満をもらしていた人と、同一人物だとは思えない。
「すごいです! 乾杯しませんか?」
朔乃の提案に、ふたりは頷いてもう一度乾杯した。そしてシャンパンを飲み干した汐里は、テーブルに肘をついて自分の頬をのせた。
「はぁ、結局こうやって、許しちゃうんだよね。でもいいや、うれしいから。それに『お前のおかげだ』なんて言われると、許さないなんて言えないもの」
「仕事でも、私生活でも両方の喜びを分かち合えるっていいですよね」
「そうなの! 不満もあるんだけどね、でもやめられないのっ」
朔乃のいう通り、汐里もわかっているのだ。彼女の幸せもまた、哲平と一緒にいることでしか得られないということを。
「結局、みんな幸せってことですよね」
デザートが運ばれてくる頃、汐里がしみじみとかみしめるように言った。
「そうですよね、私たち幸せです」
朔乃の言葉に、貴和子も笑う。
三人の座談会は……いつだって幸せな笑みで幕を閉じるのだ。
――あの頃、仕事に自分磨きに恋。毎日必死に生きていた。今だってそうだけど、隣には愛するパートナーがいる。それってとても幸せなことだと三人は思う。
恋は好きから始まる。
でも大人の恋は好きだけじゃ前に進めない。
前に進んだその先がどんな生き方でも、人の数だけ幸せの形がある。
そこに愛があるなら、きっと。
<終>
本日の参加メンバー
蓮井貴和子【小悪魔な後輩君に翻弄されて】
成瀬汐里(旧姓:滝本)【イジワル同期の甘い素顔】
衣川朔乃(旧姓:河原)【クールな上司と焦れ甘カンケイ】
日曜の昼下がり。都心から少し離れた場所にあるイタリアンレストラン。落ち着いた店内は満席だったものの、座席ひとつひとつの距離が広くどの客もゆったりと過ごしていた。
「はぁ、おいしい。やっぱり昼から飲むアルコールは最高っ!」
シャンパングラスを持ち上品に口元を拭いながら、汐里は満足そうに微笑んだ。
「滝本さん、ダメじゃない。河原さんの前で」
たしなめたのは、年長者の貴和子だ。ちなみに三人で会うときは旧姓呼びがまだ抜けない。
「あ、そうだった。ごめんね。朔ちゃん」
「ううん、いいんです。もともとそんなにアルコール得意じゃないので」
顔の前で手を振って、汐里に気にしなように伝えているのは朔乃だ。彼女の手元にはシャンパンの代わりのオレンジジュースがあった。
「まあでも、久しぶりの再会だからもう一回乾杯しましょう」
汐里の言葉に貴和子も朔乃も頷いて、グラスを掲げた。
「乾杯」
三人とも元気そうなお互いを見て笑みを浮かべた後、近況報告を始める。
「あれからもう九年も経ってるだなんて……信じられない」
彼女たちが日芝電気で一緒に働いていたのは、九年前だ。
現在はみんなそれぞれの道を歩んでいるが、今でもこうやって年に数度は会う機会を設けている。
「時間はあっという間ですね」
朔乃の言葉に残りのふたりも強く頷いた。同じ時期に同じ職場で働いていた三人。年齢も職種も違うけれど仲良くしていた。離れている今こそ強く思う、職場でここまで長く交流できる相手と出会えることは奇跡なのではないかと。
「あ、これ。忘れるといけないから先に渡しておくね」
貴和子が紙袋を朔乃に渡した。
「ふたり目、妊娠おめでとう」
貴和子と汐里がぱちぱちと小さな拍手を送る。
「お気遣いありがとうございます」
「みずくさいこと言わないで。選ぶのも楽しかったから」
朔乃からみた貴和子も汐里も、思いやりを持った素敵な人だ。感謝しながら朔乃はふたりからのプレゼントを受け取った。
「朔ちゃん、もうふたり目か……衣川ジュニアは元気?」
汐里が言う〝衣川ジュニア〟というのは、朔乃のひとり目の子で二歳の男の子だ。
「最近、イヤイヤ期で大変です。この間もファミレスで呼出ボタンを何度も押したいって駄々こねて……」
その時のことを思い出した朔乃は、にがわらいを浮かべた。
「あぁ、それは大変ね」
貴和子も汐里も想像ができたのか、笑っている。
「あのボタン魅力的だものね。あと、バスの〝次止まります〟ボタンとか。うちの甥っ子も好きだったわ」
汐里は自信の甥と重ねて、朔乃の苦労を思いやる。
「あ~バスのボタンも、好きですね」
朔乃も経験済みなのか、肩をすくめた。
「そんなか、ふたり目の妊娠なんて大変ね」
「はい……でも、幸いつわりもほとんどなく、要さんも助けてくれるので」
少し恥ずかしそうにしている朔乃を汐里が肘でつついてからかう。
「最初のノロケごちそうさまです」
「こら、河原さんをからかわないの」
「はぁい」
貴和子はたしなめたが、汐里は全然反省していないようで朔乃に根掘り葉掘り話を聞くつもりだ。
「しかし衣川さん、まさかこんなに若く大阪支社長になるなんて思ってもなかったなぁ」
「たしかに、若いけれど彼の人事については誰も反対しなかったわよ。あの衣川くんだもの」
朔乃の夫である衣川要は、貴和子にとっては同期の出世頭である。
「それにね、衣川くんが支社長になって、大阪支社の管轄地域の残業率が減って、男性社員の育児休暇の取得率は急激に上がったの。それでいて業績は伸ばしているんだから本当にすごいわよ」
それはひとえに要が率先してワークライフバランスを大切にしているおかげだ。朔乃も夫が褒められると嬉しい。相手が自分が尊敬している貴和子ならなおさらだ。
「それを言うなら、貴和子さんも今は人事部の副部長ですよね。すごいなぁ」
朔乃はこの間、要が持って帰ってきた社内報に、大きく貴和子が掲載されているのを見た。
「まぁ、私は……女性も活躍できる職場だって印象付けるための客寄せパンダみたいなものだから」
苦笑いを浮かべる貴和子に、汐里はテーブルを叩いて抗議する。
「あれだけ仕事ができる貴和子さんが、そんなこと言わないでください。それに〝客寄せパンダ〟じゃなくてみんなの憧れですから」
「そうですよ。昔も今も、貴和子さんはみんなの憧れです」
要と結婚してから専業主婦になった朔乃。結婚生活は幸せで満足しているが、貴和子のようなキャリアを重ねる姿にあこがれを持たないわけではない。
「そう言ってくれると、頑張ってきてよかった……あ、ちょっとごめん」
貴和子のスマートフォンにメッセージが届いたみたいだ。
「若林くんですか?」
「うん、飛行機乗る前に連絡くれたみたい」
聞けば貴和子の夫である若林……もとい蓮井颯真は現在アメリカ出張中で、帰国の知らせを妻にしてきたらしい。
「若林くん頑張ってるんだね。まさか結婚と同時に転職するなんて驚いた」
貴和子の夫である颯真は、現在はヘッドハンティングされて他業界で働いている。
「結婚に至るまでも早かったですよね。苗字も〝蓮井〟にするって決めた時も潔かったのを覚えています」
当時、会社に残る貴和子が苗字を変えるのは大変だからと、颯真が〝蓮井〟姓を名乗ることにした。まだ夫の姓を名乗るのが一般的である現在では思い切った考えだ。
「彼、ああ見えて、言い出すと聞かないから」
貴和子は困った顔をしているように見えたが、実際のところ夫の好きにさせている。外から見たら、年上の貴和子が主導権を握っているように見えるかもしれないが、実情は颯真がしっかりと貴和子を支えている。
「幸せそうでなによりです」
少し恥ずかしそうにしている貴和子に汐里がにやにやしながら声をかけている。
「そんなの、滝本さんだって幸せでしょう。朝から晩までずっと一緒なんだから」
貴和子の言葉に、汐里が「聞いてくださいよ~!」と不満の声をあげた。
「常に一緒にいるって、そんなにいいものじゃないですからね」
汐里の夫である成瀬哲平は、三年前に同級生と一緒に会社を作って独立した。人手不足を補うために汐里も彼の会社で働いている。
「そういうものなんですかね……」
朔乃の言葉に、汐里はヒートアップする。
「そういうものなの! 昨日なんてね、むこうが脱いだ靴下を洗濯機に入れないってことで言い合いになっちゃって、そしたら仕事上でのミスを言ってきたの。それってルール違反じゃない?」
「四六時中一緒にいれば、気持ちの切り替えが難しいのかしら」
貴和子の言葉に汐里は「そうなんです!」と興奮する。
「日芝で一緒に働いていたときとは、ちょっと違うんですよね」
いつも元気な汐里だが、今は肩を落として大きなため息をついている。
そんなとき汐里のスマートフォンに着信があった。
「げ、電話だ。ちょっと出てきます」
彼女の様子から相手が夫の哲平だとわかった。外に出て電話をしはじめた汐里の姿が、窓越しに見える。
「大丈夫でしょうか?」
「あのふたりが喧嘩しているのなんて、いつものことじゃない」
そういえば、日芝電気で汐里と哲平が同期として働いていたときも、そんな感じだった。いつも喧嘩をしていて、いつの間にか仲良くなっている。それの繰り返しだった。
ふと見ると、外で電話をしている汐里が今でも飛び跳ねそうなくらいあの勢いで喜びをあらわにしている。
「ほら、言ったでしょ?」
得意そうにする貴和子に、朔乃は思わず笑ってしまった。
しばらくして帰ってきた汐里は、満面の笑みだ。
「ちょっと聞いてもらっていいですか?」
「もちろんよ、とりあえず座ろうか」
興奮している汐里を、貴和子がなだめて椅子に座らせた。
汐里は落ち着くために、グラスの水を半分くらい飲む。
「実はずっと無理だって言われていた契約が取れたみたいなんです。うちの哲平すごくないですか?」
さっきまで不満をもらしていた人と、同一人物だとは思えない。
「すごいです! 乾杯しませんか?」
朔乃の提案に、ふたりは頷いてもう一度乾杯した。そしてシャンパンを飲み干した汐里は、テーブルに肘をついて自分の頬をのせた。
「はぁ、結局こうやって、許しちゃうんだよね。でもいいや、うれしいから。それに『お前のおかげだ』なんて言われると、許さないなんて言えないもの」
「仕事でも、私生活でも両方の喜びを分かち合えるっていいですよね」
「そうなの! 不満もあるんだけどね、でもやめられないのっ」
朔乃のいう通り、汐里もわかっているのだ。彼女の幸せもまた、哲平と一緒にいることでしか得られないということを。
「結局、みんな幸せってことですよね」
デザートが運ばれてくる頃、汐里がしみじみとかみしめるように言った。
「そうですよね、私たち幸せです」
朔乃の言葉に、貴和子も笑う。
三人の座談会は……いつだって幸せな笑みで幕を閉じるのだ。
――あの頃、仕事に自分磨きに恋。毎日必死に生きていた。今だってそうだけど、隣には愛するパートナーがいる。それってとても幸せなことだと三人は思う。
恋は好きから始まる。
でも大人の恋は好きだけじゃ前に進めない。
前に進んだその先がどんな生き方でも、人の数だけ幸せの形がある。
そこに愛があるなら、きっと。
<終>