マカロン文庫10周年記念企画限定SS
限定SS:日向野ジュン『許婚なんて聞いてませんが、気づけば極上御曹司の愛され妻になっていました』
『いつまでも比翼連理の夫婦でいられるように……』
「綺麗ですね……」
季節は冬から春に移り変わり、窓から見える外の景色は色とりどりの花が咲きそろう。風に揺れるとそれはそれは美しく、リビングで紅茶を飲んでいる私たち夫婦の目を楽しませてくれている。
昨年の九月末に生まれた二人目の子どもは予定通り男の子で、名前は蓮(れん)。清らかで優しい男の子に育ってほしいと願い、今回も十梧さんが名付けてくれた。
生後六か月が過ぎると寝返りやおすわりもできて感情表現も豊かになり、日々の成長ぶりは目覚ましく、それを感じる毎日は楽しくて仕方がない。
四歳になった長女の麗は相変わらずの元気っこで蓮との育児は大変さを増したけれど、仕事で忙しい十梧さんも積極的に協力してくれるから、今のところ問題なく過ごしている。
でも今日はそんな賑やかな毎日とは打って変わって、リビングには静かで穏やかま空間が流れている。元気いっぱいの四歳児と、まだ一歳にも満たない赤ちゃんを育てているというのに、なぜ私たちがこんなにもゆったりとした時間を過ごしているのかというと……。
一年前に結婚した私の兄、そして十梧さんの親友でもある将己と奥さんが私たち夫婦のことを気遣い、麗と蓮の預かりを申し出てくれたのだ。
最初こそきっと大変のことになるからと丁寧に断ったのだけれど、兄に『こうでもしないと、十梧は気を休めるときがないだろう』と言われ、それもそうだとお願いすることにした。
幸いなことに、麗はもちろんのこと蓮も兄夫妻にはまったく人見知りしない。傍から見れば、きっと仲のいい家族のように見えることだろう。それはそれで少し寂しい気もするけれど……。
でもそのおかげで夫婦水入らず、紅茶を飲んでくつろいでいられる──というわけだ。
「十梧さん。紅茶、もう一杯いかがですか?」
「ああ、もらおうかな」
今回の休日は、仕事を一切持ち込まない──。
そう決めた十梧さんは普段ならティータイムのお供はもっぱらビジネス書なのだが、今日は仕事とはまったく関係のない子どものときから好きだという作家の小説を読んでいる。私はそんな彼の姿を横目で眺めながらキッチンに向かい、ポットでお湯を沸かし始めた。
「次は、どの紅茶にしようかしら……」
十梧さんはベルガモットで柑橘系の香りづけをしたアールグレイがお気に入りだけれど、二杯目は異なる風味や香りを愉しんでもらいたい。
「そうだ!」
春といったらやっぱりこれだと、私はキャビネットから紅茶の入った缶を取り出した。
それは、ダージリンの春摘み紅茶。
ダージリンはインドのヒマラヤのふもとに位置する産地で、特有のフルーティーな香りが魅力。中でもダージリンの春摘みは『ファーストフラッシュ』と呼ばれ新葉や新芽から成るため、葉の香りや味わいが甘美なのが特徴だ。
紅茶といえば、お湯の温度は一〇〇℃が目安──というけれど、厳密に言うと沸騰した状態から少し落ち着いたころがベストなんだそう。
美味しい紅茶を十梧さんに飲んでもらいたくて、ちょっとしたポイントをおさえながらティータイムを愉しんでいる。
「十梧さん、お待たせしました」
十梧さん声をかけリビングテーブルに紅茶を置くと、彼の読書の邪魔をしないようにとその場を離れ……ようとして。
「えっ……」
お盆を持っていないほうの右手を取られる。指を一本一本絡められギュッと握られると、そのまま身体を引き寄せられた。
「どこに行くつもりだ?」
「どこって。ダイニングで紅茶を飲もうと思っただけで、どこにも行きませんよ?」
「なんで俺の隣で飲まない?」
「それは、お邪魔かと……」
そう私が勝手に思っただけで、万が一にも十梧さんが私のことを邪魔だと思うことはない。麗と蓮がそばにいたって恥ずかしげもなく私を抱きしめ、『そばにいろ』と言う人だということを忘れていた。
「琳……」
柔らかい声で名前を呼ばれて顔を上げた途端、唇が重なった。
優しく触れるだけのキス。
目の前には、目を細めて愛おしそうに私を見つめる十梧さんの顔。艶っぽい切れ長の瞳に見つめられ、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
同時に十梧さんの瞳に熱が宿るのを感じ、胸がドキドキと高鳴る。
「将己がくれた、ふたりだけの時間を無駄にするつもりか?」
彼は私の顔をのぞき込むと、ニヤリと笑ってみせた。
十梧さんの表情とセリフに、もしかして……と一抹の不安と甘い予感が交差する。
「そ、それは……」
「待って……とか言うつもりじゃないだろうな? 気が短いほうではないが、さすがにこれ以上は待てない」
そう言うなりソファーに押し倒されて、十梧さんに組み伏せられる。両の手をやんわりと拘束されて、もうどこにも逃げ場がない。
「この世で一番可愛い奥さんを、抱いてもいいだろうか?」
そう聞きながらも十梧さんの手は、私の服を脱がしにかかる。彼の大きな手が素肌に触れ、心臓が小さく跳ねた。
もちろん断るつもりはない。けれどこの体勢にしておいて今さらですか? と、十梧さんに冗談交じりのジト目を送る。
「そんな顔をするな。わかった、悪かった。でも半年以上待ったんだから、俺の気持ちも少しは汲んでくれ」
私が本気で拒んでいるとでも思ったのか、十梧さんがしゅんと肩を落とす。その表情がいつになく可愛く見えて、私も十梧さんのことを愛したいと自分から彼にしがみついた。
「ずっと仲睦まじい、比翼連理の夫婦でいましょうね。十梧さん、愛してます」
「俺も琳を愛している……」
ふたりの唇が重なり、それはすぐに深さを増した。
十梧さん、あなたが私の比翼連理。
これからも夫婦として互いを支え合い、幸せな家庭を築いていけますように。
十梧さんと私、そして麗と蓮。家族四人で過ごす日々が、幸せに充ち溢れますように。
そう願いながら、彼の腕の中でゆっくりと目を閉じた。
<終>
「綺麗ですね……」
季節は冬から春に移り変わり、窓から見える外の景色は色とりどりの花が咲きそろう。風に揺れるとそれはそれは美しく、リビングで紅茶を飲んでいる私たち夫婦の目を楽しませてくれている。
昨年の九月末に生まれた二人目の子どもは予定通り男の子で、名前は蓮(れん)。清らかで優しい男の子に育ってほしいと願い、今回も十梧さんが名付けてくれた。
生後六か月が過ぎると寝返りやおすわりもできて感情表現も豊かになり、日々の成長ぶりは目覚ましく、それを感じる毎日は楽しくて仕方がない。
四歳になった長女の麗は相変わらずの元気っこで蓮との育児は大変さを増したけれど、仕事で忙しい十梧さんも積極的に協力してくれるから、今のところ問題なく過ごしている。
でも今日はそんな賑やかな毎日とは打って変わって、リビングには静かで穏やかま空間が流れている。元気いっぱいの四歳児と、まだ一歳にも満たない赤ちゃんを育てているというのに、なぜ私たちがこんなにもゆったりとした時間を過ごしているのかというと……。
一年前に結婚した私の兄、そして十梧さんの親友でもある将己と奥さんが私たち夫婦のことを気遣い、麗と蓮の預かりを申し出てくれたのだ。
最初こそきっと大変のことになるからと丁寧に断ったのだけれど、兄に『こうでもしないと、十梧は気を休めるときがないだろう』と言われ、それもそうだとお願いすることにした。
幸いなことに、麗はもちろんのこと蓮も兄夫妻にはまったく人見知りしない。傍から見れば、きっと仲のいい家族のように見えることだろう。それはそれで少し寂しい気もするけれど……。
でもそのおかげで夫婦水入らず、紅茶を飲んでくつろいでいられる──というわけだ。
「十梧さん。紅茶、もう一杯いかがですか?」
「ああ、もらおうかな」
今回の休日は、仕事を一切持ち込まない──。
そう決めた十梧さんは普段ならティータイムのお供はもっぱらビジネス書なのだが、今日は仕事とはまったく関係のない子どものときから好きだという作家の小説を読んでいる。私はそんな彼の姿を横目で眺めながらキッチンに向かい、ポットでお湯を沸かし始めた。
「次は、どの紅茶にしようかしら……」
十梧さんはベルガモットで柑橘系の香りづけをしたアールグレイがお気に入りだけれど、二杯目は異なる風味や香りを愉しんでもらいたい。
「そうだ!」
春といったらやっぱりこれだと、私はキャビネットから紅茶の入った缶を取り出した。
それは、ダージリンの春摘み紅茶。
ダージリンはインドのヒマラヤのふもとに位置する産地で、特有のフルーティーな香りが魅力。中でもダージリンの春摘みは『ファーストフラッシュ』と呼ばれ新葉や新芽から成るため、葉の香りや味わいが甘美なのが特徴だ。
紅茶といえば、お湯の温度は一〇〇℃が目安──というけれど、厳密に言うと沸騰した状態から少し落ち着いたころがベストなんだそう。
美味しい紅茶を十梧さんに飲んでもらいたくて、ちょっとしたポイントをおさえながらティータイムを愉しんでいる。
「十梧さん、お待たせしました」
十梧さん声をかけリビングテーブルに紅茶を置くと、彼の読書の邪魔をしないようにとその場を離れ……ようとして。
「えっ……」
お盆を持っていないほうの右手を取られる。指を一本一本絡められギュッと握られると、そのまま身体を引き寄せられた。
「どこに行くつもりだ?」
「どこって。ダイニングで紅茶を飲もうと思っただけで、どこにも行きませんよ?」
「なんで俺の隣で飲まない?」
「それは、お邪魔かと……」
そう私が勝手に思っただけで、万が一にも十梧さんが私のことを邪魔だと思うことはない。麗と蓮がそばにいたって恥ずかしげもなく私を抱きしめ、『そばにいろ』と言う人だということを忘れていた。
「琳……」
柔らかい声で名前を呼ばれて顔を上げた途端、唇が重なった。
優しく触れるだけのキス。
目の前には、目を細めて愛おしそうに私を見つめる十梧さんの顔。艶っぽい切れ長の瞳に見つめられ、今にも吸い込まれてしまいそうだ。
同時に十梧さんの瞳に熱が宿るのを感じ、胸がドキドキと高鳴る。
「将己がくれた、ふたりだけの時間を無駄にするつもりか?」
彼は私の顔をのぞき込むと、ニヤリと笑ってみせた。
十梧さんの表情とセリフに、もしかして……と一抹の不安と甘い予感が交差する。
「そ、それは……」
「待って……とか言うつもりじゃないだろうな? 気が短いほうではないが、さすがにこれ以上は待てない」
そう言うなりソファーに押し倒されて、十梧さんに組み伏せられる。両の手をやんわりと拘束されて、もうどこにも逃げ場がない。
「この世で一番可愛い奥さんを、抱いてもいいだろうか?」
そう聞きながらも十梧さんの手は、私の服を脱がしにかかる。彼の大きな手が素肌に触れ、心臓が小さく跳ねた。
もちろん断るつもりはない。けれどこの体勢にしておいて今さらですか? と、十梧さんに冗談交じりのジト目を送る。
「そんな顔をするな。わかった、悪かった。でも半年以上待ったんだから、俺の気持ちも少しは汲んでくれ」
私が本気で拒んでいるとでも思ったのか、十梧さんがしゅんと肩を落とす。その表情がいつになく可愛く見えて、私も十梧さんのことを愛したいと自分から彼にしがみついた。
「ずっと仲睦まじい、比翼連理の夫婦でいましょうね。十梧さん、愛してます」
「俺も琳を愛している……」
ふたりの唇が重なり、それはすぐに深さを増した。
十梧さん、あなたが私の比翼連理。
これからも夫婦として互いを支え合い、幸せな家庭を築いていけますように。
十梧さんと私、そして麗と蓮。家族四人で過ごす日々が、幸せに充ち溢れますように。
そう願いながら、彼の腕の中でゆっくりと目を閉じた。
<終>