マカロン文庫10周年記念企画限定SS

限定SS:未華空央『次期院長の強引なとろ甘求婚』

「じゃあ……開けますよ?」
 ドアノブを握って樹さんを振り返ると、彼はふふっと笑う。
「いいよ、未久が好きなタイミングで」
 嬉しくて、ドキドキして、客室の前でそわそわ。さっさと入室すればいいのに、昂る気持ちを存分に堪能している。
 そんな私を、樹さんは穏やかに見守ってくれている。
「では……」
 今日は入籍して一年が経つ、ふたりの結婚一周年記念日。
 事前に樹さんから記念日の希望を聞かれていて、私は即答で以前に連れていってもらったホテルに行きたいと答えた。
 樹さんは「お安い御用」と言って私の願いを叶えてくれたのだ。
 部屋もまったく同じ場所を手配してくれた。
「一年ぶりですねー!」
「本当に同じ場所でよかったのかな? もっと希望は聞けたのに」
「いいんです。ここじゃないと意味がないんです」
 コーナースイートの贅沢な部屋は、あのとき感動した夜景が今日も変わらず望める。
「わっ、い、樹さん?」
 ガラスの目の前までいって煌めく夜の街を見つめていると、突然背後から目元を隠された。
 樹さんの大きな手で目隠しされ、大きく鼓動が高鳴る。
「このまま、こっちに来て」
「え? はい」
 視界を遮られたまま歩かされ、足を止めたところで「離すよ」と囁かれる。
 再び見えてきた部屋の中で、目の前に広がった光景に樹さんを振り返った。
「一年前に言ったこと、覚えててくれたんですか?」
 以前、ここに連れて来てもらったときに私が喜んだ薔薇アートのサプライズ。
 あのとき、樹さんが私を抱き上げてベッドに上がってしまい、写真の一枚も残せなかったのを後悔した。
「もちろん。何度でもプレゼントするって言ったからね」
 そう、あのときもそう言ってくれていたのだ。
 まさか、本当に実現してくれるなんて……。
「美久がまたここに来たいって言ってくれたから、これはもうリベンジしかないなって」
「樹さん……」
「ほら、記念撮影しちゃわないと、また俺が未久を抱き上げて壊しちゃうから」
 感動しているところを樹さんに急かされて、「そうですね」と笑ってスマートフォンを取りに行く。
 去年叶わなかった綺麗な状態で一枚記念に写真を残した。
「なんか、一年経っても変わらないことが、嬉しいです。出会った頃と同じように、私のことを考えてくれていて」
 今ある気持ちを素直に口にしてみる。
 出会った頃、お付き合いが始まった頃、結婚した頃──。月日が経って、一緒にいられることが当たり前になり、当然新鮮さは互いになくなっていくかもしれない。
 それでも、その代わりに増していく幸福感がある。
 樹さんと人生を歩むことができて良かったと、これから先も彼のそばにいたいと、心から願っている。
「変わらないよ、なにも。むしろ、未久への想いは増しっぱなし」
 柔和な微笑を見せ、樹さんはそっと私を抱き寄せる。こうして真綿のような優しさで包んでくれるのも、出会った頃とまったく変わらない。
「来年も、再来年も、何十年経っても……命が尽きるその日まで、未久に恋してるよ、俺は」
 贈られた言葉に胸がきゅっと締め付けられる。
心地のいい鼓動の高鳴りに包まれながら、「私もです」と樹さんを抱きしめ返した。

<終>
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