マカロン文庫10周年記念企画限定SS

限定SS:白亜凛『愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~』

『夏のある日』

 眩しいほどの夏の日差しが、窓際を照らしている。
 せっかくの休日なので一度は出かけようとしたけれど、暑さに怯んだ私たちは家で過ごすことにした。
 二歳になった流星は、子ども向けのテレビを見ながら一生懸命話しかけてくる。
「マッマ、ねこ」
「ほんとだ、猫かわいいね」
 穏やかな昼下がり。リビングのソファーに座り私はレースの編み物をしながら流星の相手をしている。
 綾人さんはと言えば――。
 キッチンで悪戦苦労している様子にクスッと笑う。
「おなかしゅいたー」
 今日は俺が飯を作ると宣言し、かれこれ一時間。どうやら出来上がったようだ。
「もうすぐできるからな」と答えた彼はエプロン姿で、真剣な目をして皿に盛り付けをしている。
 整った顔は相変わらず綺麗だし、お腹が出るなどという変化もない。ピンク色したエプロンさえ似合っていて思わず感心してしまう。
「楽しみだね、リュウ。パパは、なにを作ってくれたのかなぁ」
「ばななー」
 バナナは料理じゃないが、かわいいのでよしとする。
「じゃあバナナは最後に食べようね」
 そうこうするうちに準備が整ったらしい。
「できたぞー」
 テーブルセッティングを終えた綾人さんがエプロンを外して来て、流星を抱き上げる。
「うわー、すごーい」
 ソファーから立ち上がるとオムライスが見えた。
 流星を子ども用の椅子に座らせた彼は、向かいの椅子を引いて、私に「さあ、どうぞ」と満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう」
 ダイニングテーブルに着きあらためて料理を見ると、オムライスに野菜を細かく切ったスープ。ブロッコリーとトマトのサラダという鉄板料理が並んでいた。
「よかったねーリュウ。大好きなオムライスだよ」
「星奈が作るように、くるんと包み込みたかったんだけどな」
 照れ笑いを浮かべて彼が言う通り、オムライスの卵はところどころ切れてしまっている。とはいえ、切れているのはほんの少しだ。
「ぜんぜん上手だわ、半熟加減がすごくおいしそうよ」
「ほし。ままは、はーと」
 流星が指をさすのはオムライスにかかっているケチャップの絵だ。流星は星が、私のオムライスにはハートが描いてある。
「ああ。パパの愛情たっぷりのハートだ」
 彼はいつもそうだ。子どもにまで自分がいかに私を愛しているかを力説するのでちょっと恥ずかしい。
「ちょっと貸してね」と彼のお皿を取る。
 オムライスにただかけられているケチャップをスプーンでハートの形に直してあげる。
「はーい。パパにはママの愛情をたっぷりね」
「おー、うれしいな」
 満面の笑みで喜ぶ彼にあははと笑ってしまう。流星のオムライスにも星の横にハートもつけてあげて楽しい食事がはじまった。
「どうだ?」
「おいちー」
 笑顔で口いっぱいに頬張る流星と、温かい眼差しで流星を見る綾人さんを見ていると、それだけで胸の中が幸福感でいっぱいになる。美味しさもなん百倍だ。
「リュウ。ママが戻って来るまで、パパと二人で頑張ろうな」
「うん!」
 時間をかけて言い聞かせてきた甲斐あって、最初はぐずった流星もようやく留守番の決意ができたらしい。
「いもーと」
「そうだ。ママみたいにかわいい妹、早く会いたいな」
 大きく膨らんだお腹を撫でると、お腹にいる娘もうれしいのか動いて応えた。
 私はぎりぎりまで家にいると言ったのに、心配性の彼の勧めで早めに入院すると決まっている。出産は二度目とはいえ、不安は尽きないけれど、甲斐甲斐しく流星の世話を焼く綾人さんを見ていると、それだけで気持ちが落ち着いてくる。彼がいてくれれば大丈夫、すべて乗り越えられそうな気がするから。
「オムライス。とっても美味しいわ」
「本当に?」
 大きく頷くと、彼は目を輝かせて喜んだ。
 他愛ない会話に幸せで温かい日常。
 こんなふうに食卓を囲む日が来るなんて少し前までは想像もできなかった……。
 未来なんてわからないもんだわ、としみじみ思う。
 離婚するつもりが彼との子を授かり、今度は二人目だなんてね。
「ごちそーしゃまー」
「えらーい、全部食べたね」
 食事が終わって少しすると、流星はゆらゆらと船を漕ぎ始めた。パパと遊ぶんだと頑張っていたのに眠気には勝てなかったらしい。
 綾人さんが流星を抱いて、そっと布団に寝かせた。
「幸せそうな顔で寝てる」
 クスッと笑うと、彼は私の腰に腕を回し、横から覆い被さるように身を寄せた。
「幸せなら俺も負けないぞ」
 振り向くと、彼はチュッと額にキスをする。
「星奈、全部君のおかげだ」
 今なら少しわかる。彼がタクシーを追いかけてきたとき、私は呆れながら、実はうれしかった。
「半分はあなたのおかげよ?」
 追いかけて、逃がさないでくれて、本当にありがとう。
 私の両頬を包み込んだ彼は、「愛してるよ」と囁いた。
「星奈、これからも、もっと幸せになろう」
 そうね、綾人さん。これからもどうぞよろしく。
 幸せな未来を築きましょう。
 誰よりも愛してる――。

<終>
< 3 / 23 >

この作品をシェア

pagetop