マカロン文庫10周年記念企画限定SS

限定SS:Yabe『子作り契約結婚なのに、エリート社長から夜ごと愛し尽くされました』

『数年越しのウエディング』

「紬(つむぎ)、綺麗だ」
 ウエディングドレス姿の私を見て、夫である柊也(しゅうや)さんが幸せそうに微笑む。彼自身は黒いタキシードに身を包んでおり、髪もきっちりとセットされていつも以上に素敵だ。
「ありがとう。柊也さんも雅也(まさや)も、すっごくカッコいい」
 彼の隣には、六歳になる長男の雅也が並んで立っている。左手で柊也さんのジャケットの裾を掴んだまま、雅也ははにかんだ笑みを浮かべた。
「茜(あかね)も、素敵なプリンセスになれたね」
 ドレスの裾を踏まないように慎重に近づき、柊也さんに抱かれた長女の顔を覗き込む。
「あーちゃん、ぷりんしぇす!」
「すっごく可愛いね」
 三歳になる茜は、絵本で見たプリンセスにすっかりはまっている。今日はピンクのフリフリのドレスを着せてもらってご満悦だ。
 茜の弾けるような笑みを見ていると、これまでのことが思い起こされる。
 私と柊也さんが結婚して、七年近くが経った。
 幼少期から不仲の両親をずっと見てきたせいで結婚にまったく興味を持てなかった私だけれど、どうしても子どもはほしい。そんな無茶な願いを叶えようと名乗り出たのが、仕事で知り合った柊也さんだ。
 私たちのスタートは、子どもができるまでという契約結婚だった。その生活は、たまに顔を合わせる程度の事務的な関係になるものだとばかり思っていた。
 けれど予想に反して柊也さんは常に私に寄り添い、妊娠がわかるとますます大事にしてくれた。
 彼を好きになっても未来はない。そうわかっているのに、その優しさに触れるたびにどんどん想いが募っていく。
 それに耐えられなくて逃げ出そうとしたとき、彼は私に『愛してる』と言ってくれた。それ以来、私たちは本当の夫婦として暮らしている。
 茜が生まれて少しした頃。柊也さんが突然、結婚式をしようと提案した。
 それまで育児と仕事に追われる多忙な毎日を過ごしていたため、結婚式なんて考えもしなかった。
 でも、私だって憧れくらいはある。
 幼い子どもがいるから、大掛かりのものは望まない。そこで、家族だけのこじんまりとした式を計画した。
「お母さんはまだ準備があるんだ。だから雅也も茜も、秋子(あきこ)おばさんのところで待っていような」
 秋子おばさんとは私の母方の伯母で、勤め先の社長でもある。子どもたちとは頻繁に顔を合わせているため、ふたりともよく懐いている。
「茜、ドレスを見せにいこう」
「うん!」
 面倒見のいい雅也が、茜を上手く誘導してくれる。
 ここへは、私の姿が見えないと茜がぐずったため連れて来たらしい。ドレス姿を褒められたことで満足したようでほっとした。
 しばらくして、伯母にふたりを預けた柊也さんが再び戻ってきた。
「俺の妻は、本当に素敵な女性だ」
 私の腰を抱き寄せて、頬をなでながらささやく。
 子どもたちの目がなくなった途端に、彼の甘さが一段と増した。それが恥ずかしくてうつむくと、柊也さんは「いつまで経っても初心な反応をするところがたまらない」とさらに私を追い詰めてくる。
 私たちの雰囲気を察して係の女性が席を外したため、控室に柊也さんとふたりきりになる。
「結婚式を提案したのは、正解だったな」
 胸を張ってそう言った柊也さんに、思わず遠い目になるのは仕方がないだろう。
「もう少し早くに挙げられると思っていたんだけどね」
 諸々の事情があり、最初に彼が提案してくれてからもう数年が経つ。
「紬が魅力的過ぎるから、仕方がないだろ? 母親になっても女性としての魅力もそのままで、毎晩のように俺を誘惑する」 
「なっ」
 そんな覚えはないし、ぼかした延期の理由に触れるのはやめてほしい。
「俺の理性を狂わせるのは、紬だけだ」
 口づけひとつで私の思考を鈍らせ、不埒な指先がなにも考えられないようにドロドロに溶かしていく。さんざん焦らされて、お願いだから最後までしてほしいと懇願したことがこれまでに何度あったか。
 むしろ彼の方が私を翻弄するのだと、声高に主張したい。
 そう不満を抱くと同時に、情熱的な夜を思い出したせいで頬が熱くなる。
「そんな顔をされたら、我慢できなくなるだろ?」
 耳もとでささやきながら、さらに体を密着させてくる。
 ここ、結婚式場の控室だから!と視線で訴えたが、彼は私の言いたいことをわかった上で意地悪に返してくる。
「夜に、な」
「も、もう!」
 やっと抗議した私を、彼は声をあげて笑った。
 当初は茜が一歳の誕生日を迎えた頃に結婚式を挙げようと考えていたが、彼がこの調子だから日取りを決める前に私の三度目の妊娠が発覚した。しかも双子だ。
 もちろん無計画ではなかったが、それにしてもあっという間に妊娠していた。
 周囲からは『仲がいいのね』なんて、お祝いついでに冷やかされる。妊娠できたのは幸せなことだけれども、気恥ずかしさも大きかった。
 双子の妊娠はこれまでとは違って悪阻が重く、体調管理もますます慎重になる。しかも早産の危機もあり、一時は入院をしていた。
 お世話になっていた産院の方針で出産は帝王切開に決まっていたし、生まれてからも育児で手いっぱい。すっかり結婚式どころではなくなっていた。
 そんな双子たちも一歳の誕生日を迎え、再び結婚式を挙げようと話が持ち上がる。
 今度こそは本当に実行しようと密かに誓い、ようやく今日に至る。
 双子は今、伯母が見てくれている。
 準備に取り掛かる前に私も顔を出したが、その隣には私の両親もそろっていた。招待客はそれですべてで、伯母らは式に参列しながら三人がかりで子どもたちを預かってくれる。
 私の中には、両親に対して未だに消化しきれていない複雑な気持ちが残っている。けれど交流が復活してよかったと、受け入れられるようになった。
 幼少期に辛い思いをしたのは、柊也さんも同じだ。
 彼は生まれてすぐに施設に預けられたのだという。だから、両親の愛情を知らないまま育った。
 何年かした後に養父母に引き取られたが、彼らはすでに他界している。
 家族がほしい。
 彼のそんな願いは、言葉にしなくても伝わってくる。私に対する強い独占欲も、子どもたちに向ける深い愛情も、それが根底にあるのだろう。
 幸いなことに私たち夫婦は環境に恵まれて、四人の子どもたちを無理なく育てられている。
 もう少し間はおきたいけれど、あとひとり増えたとしても……と、彼を見上げた。
 たまに意地悪になる柊也さんだけど、本当は寂しがりやで甘えたなところがあるのは知っている。
 そんな彼に、賑やかな家庭を作ってあげたい。
「もうひとりくらい……ほしいかも」
 彼の過去を思うとなんだか切なくなって、無意識につぶやいたその直後。柊也さんに深く口づけられていた。
「んん……」
 不用意に口走ってしまったと、後悔してももう遅い。せっかくメイクをしてもらったのに、これでは口紅が落ちてしまう。
「はあ」
 ようやく解放されて、大きく息を吐き出した。
「紬はいつだって、俺に幸せを運んできてくれる」
 笑みを浮かべる柊也さんに、胸がいっぱいになる。
「それは柊也さんの方だよ」
 両親を受け入れよう。
 結婚してよかった。
 そんなふうに思うようになるなんて、以前の私なら考えられなかった。
「あなたに出会えて、すごく幸せ」
 そっと抱きつくと、私の体に回された彼の腕に力がこもる。
「紬も子どもたちも、この先ずっと俺が守っていく」
 そう言って、柊也さんは優しく口づけてくれた。

<終>
< 8 / 23 >

この作品をシェア

pagetop