すべての花へそして君へ①
彼女の前で悪魔感は出さない
自分の隣に立つ人は、自分の理解者であって欲しいと、そう思っていた。こんな醜い自分のことを知ってでも。それでも一緒にいたいと。そう言ってくれる人などいるわけがない。……そう、思っていたから。
(……でも。わたしは彼が、本当に自分の理解者だって知る前から)
彼に、恋をしていた。
「トーマさん。偽の結婚式やりましたよね?」
「え? ……うん。懐かしいね」
「正直、怖かったんです」
「え。あれで?」
確かに、そんなのもわからないくらい会場では暴走しまくっていただろうけど。配役だって、急遽変えちゃったし。
「本当ですよ? ……傷つけるしか能がないと、そう思っていたんですから」
「……葵ちゃん」
「でもね? 背中を押してもらえたんです。行ってこいって。あんたなら大丈夫だって」
「……」
「弱いんです、本当は。頑張って頑張って作戦立てましたけど……それでも、やっぱり自分には無理なんじゃないか、って。……そう、思って」
俯いた拍子に流れた髪へ、そっと手が伸びてくる。ほんの少し驚いて顔を上げると、嬉しそうに目を細めたトーマさんが、そっと耳へ掛けて直してくれた。
「じゃあ、俺の背中を押す前に、葵ちゃんがあいつに押してもらってたんだね」
「……はい」
失敗など、したことはなかった。わざとは、あるけれど。でもそれは、他人を傷つけること。守るなど、経験値はほぼゼロだ。
だから、背中を押してくれた彼の言葉は、わたしに勇気を分けてくれたんだ。
「自分の気持ち。気付いたのはだいぶ後なんです。全然わからなくって、ずっと困惑してて」
「そっか」
「……気付けても、幸せにしてあげられないと思って、厳重にしまっておいたんです」
「……そっか」
「今、こうして。彼が隣にいて、彼の隣にいられて。……わたしは今、すっごく幸せなんです」
前は、彼のことを考えるだけで、胸の中が苦しくてしょうがなかった。今だって苦しさはある。でも、嫌な苦しさではなくて。それは、とても甘くて蕩けるようなもの。
(……ふふ)
そして今、自然と笑みが零れるのもきっと、彼ことを考えたせい。
「……そんな顔をされると、為す術がないというかなんというか」
「え……?」
「いや。……あいつ、葵ちゃんに関しては俺よりもだいぶ先輩みたいだね」
「トーマさん……」
「ごめんけど、俺だってまだまだカメラの腕は落ちてないからね? 今度また撮らせてね」
「……ふふ。わたしでよければ?」
纏う空気がやわらかくって、軽口を叩くように言ってくるもんだから、こちらの表情だってやわらかくなる。
……ひとつしか違わないのに。彼は、こんなにも大人なんだな。