【コンテスト用シナリオ】君に捧ぐ神曲

第二話

〇軽音楽サークルの部室。六畳ほどのスペースに、ギターアンプやベースアンプ、ドラムセットなどが、所狭しと置いてあるだけの薄暗い部屋。

柊音はギターケースからエレキギターを取り出すと、慣れた手つきでアンプにコードを繋ぐ。
小花はどうしていいかわからないまま、入り口で棒立ちになっていた。

柊音「小花、そこの扉を閉めてくれる? 開けっ放しで楽器弾くと、別の部室からクレームが来ちゃうんだよね」

柊音はそう言いながら、たくさんあるアンプのつまみを調整するようにいじっている。
小花は扉を閉めると、もじもじしながらその前に立った。

小花は部室内をぐるりと見渡す。
コンクリート打ちっぱなしの部室には、入り口の他に奥に小さな窓があるだけ。
壁には海外の人気バンドのポスターが、ぎっしりと貼ってある。

小花(部室っていうか、機材置き場って感じだよね?)

物珍しそうにキョロキョロとする小花。
すると突然大きなギター音がジャンと聞こえ、小花は驚きすぎて腰を抜かした。
柊音はその様子に慌てて小花の腕を引く。
柊音の顔が間近に迫り、ドキッとする小花。

柊音「ごめん! もしかして、ギターの音とか生で聞くの初めて?」
小花「は、はい……こんな近くでは聞いたことなくて……」
柊音「じゃあ、ちょっと音量抑えた方がいいよね」

柊音は小花を壁際に立たせると、アンプのつまみをキュッと絞る。

柊音「小花はそこのアンプに座ってて」
小花「え? アンプ……?」

見ると背の低い黒いBOXが近くに置いてある。

柊音「また転ばれたら大変だからね」

柊音がウインクし、小花は顔を真っ赤にしながら低いアンプに腰かけた。
柊音はぴょんとジャンプすると、自分も背の高い大きなアンプの上に座る。
足を組んだ柊音がギターを構え、すっと息を吸う。
その瞬間、部屋の空気が変わった気がして、小花は柊音から目が離せなくなった。
しばらくして狭い室内にジャーンとギターの音が聞こえ出し、心地よいメロディーの後、柊音の歌声が響き出す。
小花はその姿を食い入るように見つめる。

小花(とても優しい声。高音が切なくて、胸がキュッとなるような、もどかしい歌声……)

小花はそんなことを感じた自分にはっとして、顔を真っ赤にする。

小花(私ごときが、何言っちゃってるんだろう……)

小花には柊音がキラキラと輝いて見える。
しばらくして柊音が歌い終わった。

柊音「ねぇ! どうだった!?」

柊音はギターを置き、ぴょんとアンプから飛び降りると、小花の前に期待いっぱいの瞳を覗き込ませる。
小花はやや後ろにのけ反りつつ、もじもじと下を向く。

小花「えっと……すごく素敵でした。カッコ良くて……」

小花はそこまで言ったところで、小さく首を傾げる。
柊音は不服そうに眉を下げている。

小花「あ、あれ? 私、何か悪いこと言っちゃいましたか……?」
柊音「違うんだよ」
小花「え?」
柊音「小花は泣いてない」
柊音「やっぱり、俺の曲は人の感情を動かすほどのものじゃないってことか」
小花「え……で、でも、素敵でしたよ」

戸惑う小花。柊音は、はぁと大きくため息をつくと、小花の隣に腰かける。
ピタリと肩が並び、途端に緊張する小花。
そのまま柊音は壁に寄りかかって、天井を仰ぐと口を閉ざす。

小花「柊音さん?」

しばらくして小花がそっと覗き込むと、柊音は小さく笑った。

柊音「前にさ、ライブハウスの店長に言われたんだ。お前の作る曲は薄っぺらだって」
小花「薄っぺら?」
柊音「そう、ただのひとりよがり。誰の心にも入り込めないって……」
柊音「最近それでスランプだったんだ。でもあの教室でさ、小花が泣いてる姿を見て、ドキッとした」

柊音は小花に向き合うと、ぎゅっと両肩を掴む。
小花ドキドキしながらも、柊音の瞳から目が離せない。

柊音「俺は、作りたいんだよ」
小花「え……」
柊音「小花があんな風に泣くような、人の心を動かす神曲(しんきょく)を!」

小花戸惑いながら、じっと柊音を見つめる。
見つめ合う二人の間に、窓から優しい日がさしこんだ。


〇その日の夜。小花の部屋。学生用のワンルーム。ベッド、学習机、クローゼットがある。ベッドにはクマのぬいぐるみが置いてあり、女の子らしいレースの枕カバー。床には花柄のラグマットと小さなテーブル。

小花は、お風呂上がりのパジャマ姿。
ぽーっと夢見心地のまま、ベッドにストンと腰を下ろす。

小花「なんて一日だったんだろう……」


〇小花回想
部室で小花に宣言した柊音は、小花の両肩にかけた手を離すと、にっこりとほほ笑む。

小花「神……曲?」
柊音「そう、俺はその本以上に小花の心を動かしてみたい。俺がつくった曲で」

小花は自分が抱えていた本をじっと見つめる。

小花「私なんかより、もっと他に素敵な人が……」
柊音「小花がいいんだよ」

小花、訳がわからず首を傾げる。

柊音「俺、昨日小花の涙を見た瞬間、衝撃が走ったんだ。それが何か確かめようとしたら逃げられちゃったけど」
柊音「でも今日わかった。小花の涙はすごく純粋で綺麗だったんだって。俺もその本みたいに、小花の心を動かすくらいの曲を作りたい」

柊音の真っすぐな瞳が映る。


〇現在に戻る
柊音との会話を思い出し、ボーっとする小花。
すると小花のスマートフォンが鳴り、ビクッとベッドで飛び跳ねる。
画面に映ったアイコンは、今日連絡先を交換したばかりの柊音のもの。

柊音「明日の授業の後、予定開けといて。連れて行きたい所があるから」

メッセージにはハートマークがついている。
スマートフォンを覗き込みながら、プルプルと震える小花。

小花「ど、ど、ど、どうしようー!?」

小花は叫び声を上げると、仰向けにベッドに倒れ込んだ。
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