誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
一瞬、目が合った。

「おはよう。……篠原さん、よね?」

「はい。経理の篠原です。」

「……そう。」

それだけ言って、美香さんは去っていった。

背筋の通った後ろ姿。だけど、ヒールの音が、どこか苛立っているように聞こえた。

私は小さく息を吐いた。

――あの人が、“今度抱いて”と送ってきた人?

彼女の目が、私の中の不安を静かに刺激してくる。

だけど、昨夜、彼は言ってくれた。

「もう誰も抱かない。紗英だけに、この欲情を与える」って。

信じたい。けれど、それでもやっぱり、私はまだ彼を信じ切れない。

自分の手のひらを見つめながら、私は小さくつぶやいた。

「……好きになればなるほど、怖くなるんだな。」

社内の一角、人目の少ない応接スペースの前。

美香さんはそこで、彼――桐生隼人の姿を待っていた。
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