誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
サラリーマンや常連らしき人たちで静かに賑わっていた。

「ここの焼き魚定食、絶品なんだよ。」

そう言ってカウンターに座る部長に、私も隣へそっと腰を下ろした。

「意外ですね。」

思わず口にすると、彼は笑った。

「何が?」

「てっきり、オシャレな店に行くのかと。」

「そう見える?」

「はい……少し。」

「そういうの、疲れるんだよな。静かで、美味くて、気取らないのが一番。」

不思議だった。

この人はいつも“演じてる”みたいなイメージだったのに、今はとても素直に見える。

「……いいですね。こういうお店。」

「だろ?」

桐生部長は、少しだけ得意げに笑った。

湯気の立つ味噌汁の匂いと、焼き魚の香ばしい香り。

それだけで、なんだか緊張がほぐれていくのを感じた。

この夜が、ほんの少しだけ“特別”に感じてしまったのは——

私の気のせいだったのだろうか。
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