誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
それを必死に抑えながら、私は立ち上がった。

自分でも気づかないうちに、心はもう“行く前提”になっていた。

桐生部長の後ろをついて歩きながら、無言でエレベーターに乗り込む。

オフィスの夜は静かで、ふたりきりになるかと思っていた——が、すぐに別の男性社員が乗ってきた。

しかも、やたら私の近くに立つ。

(……近い。ていうか、距離感バグってない?)

緊張しながら身を縮めていると、隣から桐生部長の小さな咳ばらいが聞こえた。

それでも、その男性は微動だにせず、まるでわざと距離を詰めてくるようだった。

(……なにこれ、怖い。)

その瞬間——ぐいっと、私の体が引き寄せられた。

「紗英、もう我慢できない。」

えっ……ええっ!?

気がつけば、私は桐生部長の腕の中にいた。
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