誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
私はまだ、壁の陰にいた。心のどこかがざわつく。

(――あれが、本当の桐生部長?)

視線を感じて、顔を上げた。

桐生部長と、目が合った。

一瞬だけ、彼の目が何かを探るように揺れた気がした。

でも、それはほんの一瞬だった。

「……」

彼は何も言わず、すぐに私の横をすり抜けて歩いていった。

まるで、私なんて最初から見えていなかったかのように。

だけど、あの視線は確かに、私を捉えていた。

「あの……」

気づけば、私は彼を呼び止めていた。

でも振り向いた先に見えたのは、また違う光景だった。

ロビーの奥。

桐生部長は、別の女性と話していた。

細身のスーツに巻き髪。どう見ても、営業部のアイドル的存在。

「部長、今夜空いてますか?」
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