すべての花へそして君へ③
「……それで? これのどこが悩みなのさ」
「……これって、事実上の昇進だと思う?」
一瞬の間。本当に一瞬だけを空けて、彼はわたしの問いにすぐ答えてくれた。
「昇進ではないと思う」
「……」
「左遷でもないと思うけどね、僕は」
「……え?」
「というか、葵ってそういうの考える人? 正直地位とか興味ないと思ってたんだけど」
「……うん。あんまり考えたことはないかな」
「そういえば、今年だっけ。彼が入ってきたのは」
「……うん」
「合点がいった」と。ふうと一つ、彼はため息を落とし。……クスッと、小さく笑みをこぼす。
「彼のこととなるととことん弱気になるのは相変わらずか」
「わたしとしては、まさか任せてもらえると思ってなかったし喜ばしいことなんだけど……」
「日向くんがそれを知ったら、自分のせいだって思うか? 高校の頃の彼なら有り得ない話じゃないかもしれないけど、もう1ミリだってそんなこと思わないと思うよ」
「わかってるよ。わたしだってもうそんなふうに見てないし、そこはきちんと理解してくれるって思ってる」
引っ掛かっているのは……。
「……代表の意図、か」
「疑ってるわけじゃないんだよ」
ただ、タイミングといい事業内容といい。わたしたちの関係のこともあって、気を遣わせてしまったかなと。
「……だから、僕に相談?」
「タカトのところも、相当親馬鹿な噂を耳にしまして……」
「(完全に否定しきれないところがな。出所は桜李くんか)」
「だから、こういう世界ではわたしより先輩のタカトに、少し聞いてみようと思って」
「ちょっと待ってよ。流石に僕の糞親父も、プレゼント渡すぐらい気軽に新事業丸々任せたりなんてしないよ。そういう場面ではちゃんと一人の社会人として判断を下してるし、それはきっと葵のところも同じ。生半可な気持ちで任せたわけじゃないから絶対」
「……そうだよね」
「気になったんなら、どうしてすぐに聞かなかったのさ」
「……一緒の職場にいたら、仕事が疎かになるかもしれないとか。思われてたら嫌だなと思って」
「いや、それ完全に代表疑ってんじゃん」
「違うよ。社長である前に、わたしのお父さんでもあるんだよ」
上手く言い切れない不安感を、タカトは何となく感じ取ってくれた。その上で、また一つ。ため息を落とした。
「考えすぎ」
「そう思う?」
「親馬鹿で、そりゃ娘のことを可愛がる気持ちはわかるけど、代表だって娘の恋愛にまで手や口出したりしないよ」
「前科があっても……?」
「あっても。……葵、自分がいくつだと思ってるのさ」
「……そうだよね」
わたしだって、父がわざわざそんなふうに考えて、わたしを遠くへやるとは思えない。それに、たとえそれが気を遣ったり、心配をした結果だとしても。わたしのやることに、変わりはない。少し、寂しい気持ちがないわけじゃないけど。
「それはそうと、オウリくん元気してる?」
「女医大生に毎日手出しているという話を耳にしたかな」
「おや。そういえばタカトの浮いた話は聞きませんな」
「だろうね。こっちは毎日大勢の相手で忙しいから」
「………………」
「患者さんのね」
「………………」
「いや本当に患者さんだから」