すべての花へそして君へ③

 たらり冷や汗がこめかみを伝っていったわたしは、ついでに今この状況からどうにか脱出できますようにと、お祈りしてみた。


「……あ! そうだ! 見て見てヒナタくん!」


 その効果があったのかどうかわからないけれど、そういえば思い出したと、わたしは彼の目の前に一つ、拳を突き立てる。


「式挙げて早々新郎殴る気?」

「え? いやいやちがくて!」


 これ見て! と、わたしは手首からなくなってしまったそれを、指差しながら、拳をそっと開いた。


「さっきね、気付いたら取れてたの」


 オレンジ色のミサンガ。
 それは、彼とわたしの願い事が叶った証。


「……そっか」


 やさしい笑みを浮かべた彼は、切れたミサンガにそっと触れた。


「どうする? また新しいの付ける?」

「それも考えたけど、もういいんじゃないかな」

「……? そうなの?」

「うん。誓いをわざわざ立てなくても、オレはもう十分、あおいや子どもたちを幸せにできる自信があるから」

「……ふふっ。そっか!」


 今の、はにかんだ彼の笑顔を、昔のヒナタくんが見たらどう思うだろう。
 今まであったたくさんの出来事を乗り越えて、今のヒナタくんがいる。だから、自信を持って、たくさん悩んでいいんだ。苦しいことも、つらいことも、ちゃんと乗り越えられる。そんなふうに、思ってくれたらいいな。


「ま、それは置いといてだよ」

「ぎくっ」


 肩に回った腕が、……これまたヤケに重い気がするのは。ヒナタさん、気のせいってやつですかねえ?


「あ、あの、ヒナタくん。お叱りは、また帰ってからいくらでも聞きますので……!」

「え? 叱られるようなことしたの?」


 え!? だ、だってだって、サプライズでツバサくん投入したこと、怒ってるんじゃないの? 誓いのキスの時にじっと見てたこと、怒ってるんじゃないの……?


「いや、怒んないでしょそんなことで」

(そんなこと言われた……)

「確かに、ツバサに先を越されたのは非常に腹立たしいものがあるけれど」

「そ、それに関しては完全な勘違いでございまして……」

「けど、オレが言いたかったのはそんなことじゃないんだよ」

「……ヒナタくん?」


 目がすっと細まり、口がやさしく弧を描く。頬に触れた手の平は、おひさまのようにあたたかい。


「……綺麗だよ」

「……ひな」

「きっと今、……何よりも。誰よりも」

「……」

「……」

「……?」

「……多分」

「なんで最後照れたの」


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