すべての花へそして君へ③

太陽は若葉に影落とす

 ――――………………
 ――――……


 しとしとと、音がする。
 夢の続きなら、春のように暖かいだろう。現実の世界なら、まだ、外は雪が降っているはずだ。

 では、ここは一体どこだろう。


 ――――………………
 ――――……


 強い日差し。音は雨。夢であることには、間違いないだろう。
 晴れているのに、雨が降っているのだ。いつの間にか傘を差していた、わたしの上にだけ。

 不思議な夢。


『――――』


 雨に混じって、何か聞こえる。

 異質なわたしを嘲笑う声か。それとも、誰かを呼んでいる声か。
 わからない。わたしは顔を上げずに、ただじっと、俯いていたから。

 ……何故俯いているのだろう。
 そこまで音の正体に興味がないからか。水溜まりに映る姿が、“わたし”ではなかったからか――。


 ――――………………
 ――――……


「――……い、よしっ! とった……!」


 それとも、水溜まりに映っているまた違う世界に、無くしたと思っていたレア缶バッチがあったからか。
 そりゃ喜んで飛び込みましたよ。何日枕を濡らしたことか。


「……ま、そうでしょうよ」


 結局、最後掴んだと思ったそれは、現実世界には来てくれませんでしたけどね。頬を伝うのは、はてさて汗か水か悔し涙か。
 いつの間にか、体は大汗をかいていた。熱も上がりきっているのか、それ程つらくはないが、ただ全身が非常に怠い。


「取り敢えず服着替えて、……お水飲みに下りよう」


 時間を確認すると、夜の1時過ぎを指していた。
 どうやら、病院でも無理して仕事をしていたのが祟ったらしい。まさか、シントが来てくれてから丸一日以上眠っていたとは。


(また体調が落ち着いたら、仕事の続きをしよう)


 にしても、ちょっと変わった夢だったな。
 そう思いながら半天を着て十分に暖をとったわたしは、階段を下りたすぐの扉を、みんなを起こさないようにそっと開いた。

 そしたら、扉の向こうには見知らぬ人影が。
 恰幅のいい後ろ姿は、台所で何かを探しているようだ。幸い、こちらには気付いていない様子。

 さっとわたしは体勢を低く構えてから、一気に距離を詰めた。


「――食らえ! 聖なる夜の鉄槌!」

「――!?!?」

「からの~、レア缶バッチの恨みっ!!」

「わっ! ちょ、待て!!」


 しかし、完全に隙を突いたはずの攻撃は、その泥棒にまんまと避けられ。そして続いて出した攻撃も、完璧に受け止められてしまった。
 ……くそう、風邪のせいで力が。しかもまさかミズカさん並の手練とか、聞いてないんですけど……。


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