すべての花へそして君へ③

「……って、あれ? ミズカさんだ」

「おい、あおい。手刀は危ないからやめなさいって言ってるだろ」

「はーい。でも、なんでサンタさん? ああ、そういえば今日空手教室の子たちにプレゼント渡しに行くって……」


 ……あれ。それにしてはまだ時間も早すぎるんじゃ。


「あ! もしかしてわたしとアイくんに? わープレゼント! なんだろう!」

「…………」

「え。本当に? もうそんな歳じゃないよ? 改めて言うけど、サンタさんに夢持ってないよ?」

「いい子は黙って早く寝なさい」

「喉渇いたから水飲みに下りてきたー」

「じゃあさっさと水飲んで寝なさい」

「はーいっ。ミズカさん、ごめんね? ありがとうっ」

「……そこはせめてサンタと言え」


 呆れたミズカさんを横目に、さっさと目的を果たしたわたしは、部屋に入っていい子で待っていた。と、言っても。もう完全に目が冴えてしまったので、潔くベッドに座って待っていたのだけど。
 そーっと扉を開けたサンタさんは、それはそれは残念がっておりました。


「……はあ。あおい、お前熱は」

「今多分ものすごく高いよ!」


「あーだからテンションもそんなに高いのね」と、ベチンと一つ、おでこにひんやりシートを貼られた。


「取り敢えず桃缶切ってくるから、ちょっと待ってろ」

「えープレゼントはー」

「あいが起きるから静かに」

「はーい……」


 はっきり言うと、食欲は全くなかった。でも、ミズカさんに心配はかけたくないし、薬を飲むにしても、何かは食べておいた方がいいだろう。
 美味しいはずの桃缶の味は、よくわからなかった。


「薬飲んだら大人しく寝ろよ。焦る気持ちもわかるけど、仕事は風邪が完全に治ってから、だからな」

「ねえミズカさん、もう寝る……?」

「ん? どうした。何か欲しいものあるか」

「欲しいもの……とかじゃないんだけど」


 ミズカさんが持ってきてくれたスポーツドリンクを一本飲み干したわたしは、ベッドに横になりながら小さく呟いた。


「わたしが眠るまで、何かお話して欲しいな」

「それこそお前、そんな歳か」

「難しかったら大丈夫だよ。夜遅いし」

「……じゃあ、何の話が聞きた――」

「ヒナタくんの話」

「おま、……」

「……だめ?」

「……あいつには言ってないよな」

「うん。ミズカさんとの約束だから」

「ならいい」


 大きな手が、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


「そうだな。あれは――……」


 そうあれは、わたしが再び花咲で暮らすようになって、まだ間もない頃の話だ。


 ――――――…………
 ――――……
< 85 / 661 >

この作品をシェア

pagetop