男装聖女は冷徹騎士団長に溺愛される
「ない。聖女はひとりしか存在しない」

 そういうものなのかと納得しかけて、ふと思い出したのは2年前のことだ。

「でも前に、もし私がバラノスの聖女だったら殺すとか言ってただろ? だとしたらどっちかがバラノス側の聖女だってことも」
「あ、あれは……」

 急に、ラディスが視線を泳がしバツの悪そうな顔をした。

「?」
「……すまない。あれは、お前を城に近づけないための咄嗟の出まかせだ」
「でま……は!?」

 あんぐりと口を開けると、ラディスはガバっと頭を下げた。

「恐ろしい思いをさせて、本当にすまなかった! あのときお前が城に行っていれば、お前は確実に戦の道具にされていた。それはどうしても避けたかった」
「なんで、そんな……」

 やっぱり、聖女の力には頼りたくないからなのだろうか。
 すると、ラディスは言いにくそうに答えた。

「……あのとき、お前泣いていただろう」
「!」

 また恥を蒸し返されて顔の熱が上がる。

「だ、だから、あのときは」
「わかっている。誰だって突然知らない世界に来たら混乱するに決まっている。そんな何もわかっていない聖女を、こちらの世界の都合でいきなり戦に巻き込むなど俺にはできなかった」

 驚き過ぎて、なんだか全身の力が抜けた気がした。
 だって、あれのせいでラディスの第一印象は最悪だったのだ。
 それが全部、実は私のためを思ってのことだったなんて。
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