欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~
「ねえ、行きましょう。」

いつも穏やかな声が、今日は少し強引だった。

「俺、今日奢りますから。」

差し出された手を見つめていると、不思議と彼が“男”に見えた。

「……あのさ。」

嫌な予感がして、口を開いた。いつもの陸君なら、「無理しないでください」って引いてくれるはず。

だけど――

「仕事が終わったら、ロビーで待ってます。」

それだけ言って、彼は私の前からすっと去っていった。

「えっ……」

あの陸君が、私の言葉を無視した?

唖然としながらも、心のどこかでざわつきがあった。

断るつもりでいたはずなのに、仕事を終えた私は、足を止めることなくロビーへと向かっていた。

そして、本当に――そこに彼はいた。

スマホも見ず、まっすぐ入り口を見つめて待っている姿が、どこか凛々しくて。

私は、知らなかった。

あの忠犬が、こんなふうに男の顔を隠していたなんて――
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