欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~
「俺じゃ、ダメなんですか?」

「えっ……?」

「ずっと、見てました。部長のこと。」

彼の声は低く、いつもよりずっと男らしい音をしていた。

驚いて何かを返そうとしたけれど、言葉が出てこない。

心が、ついていかない。

「俺、忠犬でしたよね? 何でも言うこと聞く、便利な部下。」

そう言って、彼は苦笑した。

「でも、今日だけは……従えそうにないんです。」

手が、そっと私の手に重なる。

その温度に、息が詰まった。

「沙耶さん。」

名前を呼ばれた瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

「……それ、職場で呼ぶなって言ったのに。」

「じゃあ、今は“部長”じゃないってことで。」

ふいに、彼の手が私の頬に触れた。

肌が熱い。いや、きっと私の方がもっと。

「……ねぇ、帰ろうか。」

「え?」

「俺の家、近いんです。」

その言葉に、何も言い返せなかった。

このまま断れば、いつもの関係に戻れる。

でも、そうすれば、きっと私は――後悔する。
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