私の中にあるモノ
…いつまで、近江さんの病室に立ち尽くしていただろう。

私は中庭のベンチに座って、ぼんやりと噴水を眺めていた。

…近江さんは亡骸さえ残らず、当然、お葬式も挙げてもらえない。

最初からいなかったモノとして、記憶の中から薄れていく。

彼女は、竜人計画の為に集められた膨大なデータの一つとなって、「近江ムライカ」の存在は忘れられてゆく…。

そしてそれは、未来の私の姿でもあるのだ。

竜人として生まれた以上、この運命は決して逆らえない。抗えない。

そんなことに、一体何の意味があるの?

運命から逃げ出そうとした、武藤くんと5人の竜人の仲間達。

運命に立ち向かい、最期まで竜人の誇りを貫いた近江ムライカ。

運命を静かに受け入れ、限られた生に意味を見出そうとする此代ムノウ。

…果たして誰が正しく、誰が間違っているのか。

…ううん、きっと誰も正しくなんかないし、かと言って間違ってもいないのだ。

間違っているのは、答えを出すことを恐れている私だ。

だって私は…。…どうしても…。

…すると、そこに。

「…あぁ、皆宮さん。ここにいたのね」

「…篠森…さん」

山口教授の助手の篠森さんが、私を探して中庭にやって来た。

「どうしたの、今日は…。訓練にも出てないわよね?」

「…」

…とてもじゃないけど、そんな気分にはなれないよ。

だって、訓練なんかしたって、死ぬでしょ?

…それよりも。

「…篠森さん…。…近江さんのこと…」

「あぁ…。聞いたわ。夜の間に、崩壊してしまったそうね…」

「…」

「残念だったわね…」

残念だった、なんて言葉では済まない。

一人の命が、尊い命が失われたと言うのに。

それでも研究所の職員達にとって、検体の死は日常茶飯事。

近江さんが死んだからって、特別惜しむようなことはしない。

だけど、その非情さについて、研究者達を責めることも出来なかった。

彼らにとっては、その非情さこそが、研究を遂行する為に、不可欠なのだから。

所詮モルモットの気持ちは、研究者には分からない。

そして研究者の気持ちを、モルモットが理解することも永遠にない。

その間には、決して越えられない高い壁がある。

「…何の用?」

私は、篠森さんに尋ねた。

私を探してたんでしょう。

そろそろ訓練に戻りなさい、とでも言うつもりか。

しかし。

「時間が出来たら、山口教授の研究室を訪ねてくれないかしら」

篠森さんは、申し訳なさそうにそう頼んできた。

「山口が…。…何の用なの?」

「詳しい内容までは、私も聞かされてなくて…」

あぁ、そう。

「ただ、あなたの記憶喪失について…少し話したいことがある、と」

「そう言ってたの?…山口が?」

「えぇ。だから、その伝言を伝えに来たの」

「…ふーん…」

それは、どうも。ご丁寧なことで。

「…分かった。後で行く」

「お願いね」

その伝言を伝えて、篠森さんはそそくさと、中庭を立ち去った。
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