聖女の愛した花園
そうした中で育ってきた私は、無意識にどう振る舞うのが正しいのか、目の前の人物が求めている理想像は何なのか察知して振る舞うようになっていた。そんな振る舞いは聖リリス女学院に入学してからもそうで、いつしか周囲の人たちは私のことを「聖女」と謳うようになった。
「ご機嫌よう、さゆりさま」
「さゆりさまは今日もお美しいですわ」
醜い娘なんていらないと母に言われるから身なりには気を遣っているだけ。
「さゆりさまは成績優秀で弓道の腕前も素晴らしくて、完璧ですわ」
この程度のことできて当然だと父に叱られてしまうから頑張っているだけ。
「さゆりさまは正に完璧な聖女ですわ」
あなたたちがそう言うから、そのように振る舞おうとしているだけ。本当の私は、私ですらわからない。常に誰かの理想として生きることばかりを考えていたから、“私”が何をしたいのか自分でもわからない。