聖女の愛した花園


 嘘よ、嘘よ。これは何かの悪夢なんだわ。だってそうじゃないとおかしいじゃない――さゆりが死んでいるなんて。

 耳鳴りと頭痛がした。どくどくと心臓の音がはっきりと聞こえる。夢なら醒めて。お願いだから目を覚まして。急にハッとして、私はさゆりの胸に手を当て心臓マッサージを始めた。一縷の望みをかけて必死にマッサージを行った。だが、彼女の心臓が動き出すことはなかった。

「さゆり……っ」

 私がさゆりのことを助けるって約束したのに、私には何もできない。医師になったところであなたを助けることは不可能なんだ。どうして、どうして。この状況に対しても、自分の無力さに対しても「なんで?」という言葉しか出てこない。何度問いかけてもさゆりが目を覚ますことはないのに。

 視界が歪んで何も見えなくなりそうになったが、さゆりの膨らんだ腹が目についた。その時私の脳裏を駆け抜けるものがあった。その直後、机の上に果物ナイフがあることに気がついてしまう。

 私は震える手で果物ナイフを手に取った。自分の精神状態は正気ではなかったはずなのに、どこか頭は冷静だった。医学書で読んだ帝王切開の方法がフラッシュバックする。できる、できないを考えている余裕ではなかった。やるしかない、ただそれだけだった。


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