愛しのマイガール

レッスンルームの扉を開けると、すでに英子さんが待っていた。相変わらず無駄のない姿勢で、立っているだけで場の空気が自然と引き締まるような人だ。

「時間ぴったり。よろしい、今日も始めましょうか」

穏やかな声。けれど、目は鋭い。一歩踏み出すだけで、姿勢、重心、視線の位置まで見透かされている気がして、思わず背筋を伸ばした。

今日の課題は、食事の際のナプキンの扱い、カトラリーの順序、席次の基本、そして立ち居振る舞いの“無駄をなくす”動作訓練。

「はい、そこで止まりましょう。歩幅が少し大きいですね。焦らなくていいのですよ」

「す、すみません……」

何度も注意されているのに、体が思うように動かない。頭では理解していても身体がついてこないもどかしさに、額からじんわり汗がにじんでいた。

けれど英子さんは、呆れた様子ひとつ見せなかった。きちんと私の動きを見て、言葉を選んでくれているのがわかる。


「瑠璃さん、あなたは“正しくふるまおう”と、少し肩に力が入りすぎているのかもしれませんね」

「……え?」

「無理に形を整えなくてもいいんです。大切なのは、あなたの内側がどうありたいか。所作は、それについてくるものです。“整える”より、“宿す”ことを意識してみてください」

その言葉は、不思議と胸にすとんと落ちた。

厳しいというより、まっすぐで、私の内側を見てくれているような言い方だった。

ハルちゃんの隣に立つために、それが相応しくあるために、私はふるまい方を覚えようとしていた。でも、それは自分を偽ることじゃない。

私が私のまま、堂々とふるまえるようにならないと。

そのための学びなのだと、少しずつ理解しはじめていた。

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