愛しのマイガール
そんな不安を打ち消すように、ハルちゃんがふと私の方を見やった。
「この作家の絵、るり好きじゃない?」
展示室の一角、柔らかい光に包まれた場所で彼が示した先には、淡い色合いの抽象画が並んでいた。
にじむようなグラデーションと、風の流れを想わせるタッチ。見る人によって、きっと印象が変わるような絵だ。
「……ほんとだ、すごく好き」
彼は少しだけ得意そうに微笑んだ。
私は一歩、絵に近づいて、じっと見入る。
その絵には、どこか“曖昧さ”が宿っていた。決まりきった形も意味もなく、それでも、確かに何かを伝えようとしてくる。
色と色の境目はぼやけていて、けれどその滲みは、どこかやさしく、あたたかかった。
きっと、意図的に線を引かないままにしてあるんだ。意味を押しつけない分、見る人が自分自身の心を映せるような思いが込められている。
それを眺めているうちに、私は今、この絵みたいに曖昧なままで、彼の前に立ってしまっている気がした。
婚約者としてだけじゃなく、ハルちゃんへの気持ちさえも。けれど、無理にかたちを決めてしまうことが、今はまだ……怖かった。
「……似てる、かも」
「え?」
ハルちゃんが軽く首を傾げる。
「この絵と、今の私」
私はぽつりと、目をそらさずに言った。
「まだ、ぜんぶの色が決まってない感じ。ぼんやりしてて、自分でもちゃんと見えてないのに、誰かに見せちゃってるっていうか……」
喉の奥が少しだけつまる。けれど、ハルちゃんはその言葉をさえぎらずに聞いてくれた。
「……でも、綺麗だよ」
彼の声は、それだけだった。
気取らず、断言もせず、ただ事実みたいに言ってくれる。それだけの言葉に、私はどうしてだか、ほっと息をついた。
「るりさ、小さい頃俺に絵描いてくれたよな」