愛しのマイガール

足がぴたりと止まり、呼吸も浅くなる。

聞き間違いであってほしい——
そう願いながら振り向いた私は、その場で凍りついた。

人波の中に立っていたのは、翔真さんだった。スーツ姿は以前と変わらず整っているのに、どこか覇気がない。

目の下にうっすらと影を落としながら、それでも懐かしげに、私を見ていた。


「久しぶりだな……元気、だったか?」

声も、表情も、あの頃と同じように柔らかかった。けれど、その響きが私の胸をざわつかせる。

心の奥に沈めた記憶の底が、不意に掻き乱される。

「……どうして、ここに」

「偶然だよ。仕事で近くに来てて……たまたま見かけたんだ」

そう言って翔真さんは苦笑した。

言葉だけ聞けば、ただの偶然の再会。だけど視線は妙に真っ直ぐすぎて、胸がざわつく。

彼がここにいるのは多分、仕事なんかじゃない。


「少し、話せないか。ここじゃなくて、静かなところで……」

その目に一瞬だけ戸惑いが浮かんだ。でも次の瞬間には、それを隠すように優しげな表情を作っていた。

「…瑠璃にだけは、ちゃんと謝りたかったんだ。あんな形で終わらせて……ほんとは、ずっと、胸に引っかかってた」

私の胸が、少しだけ軋む。

そうだった。彼はいつも、“後から”言葉をくれる人だった。

「……だったら、どうしてあんなこと言ったの?」

九条さんからの連絡のあと、私はすぐに話を聞きたくて電話した。それを無視して、「いつ本気だっていった?」と返してきたのは、翔真さんの方なのに。

沈黙ののち、翔真さんはわずかに顔を伏せた。

< 137 / 200 >

この作品をシェア

pagetop