愛しのマイガール
「……ああ、俺だ。今、大丈夫か?」
お兄ちゃんの声は低くて落ち着いていた。でもその奥に、明らかに怒りと焦りがにじんでいるのが、顔を見なくても分かった。
「妹のことだ。事情があって、どうしても話したいことがある。お前、優秀な弁護士にツテがあるって言ってたよな? 悪いけど、ちょっと手を貸してくれ」
受話器の向こうから誰かが応じる声が聞こえてきた。お兄ちゃんは短くうなずいて、二、三言、確認を交わす。
「……ああ、分かった。じゃあ、また明日な」
そう言って通話を切ると、お兄ちゃんはゆっくりとスマホを耳から離し、私をまっすぐ見つめて言った。
「明日、会わせたい奴がいる」
その声は不思議と静かで、でも胸の奥にやさしく響いた。
「……瑠璃。お前は、一人で戦わなくていい」
「お兄ちゃん……」
「俺《《たち》》が、絶対お前を守るから」
また涙が浮かんだ。
でも今度は悲しみじゃなくて、支えてくれる存在に触れたことで滲む、温かい涙だった。
———
そして翌日。
タクシーが滑るようにホテルの車寄せに止まった。
窓越しに見上げた高層ホテルは、ガラス張りのファサードが朝の陽射しを反射していて、まるで夢の世界のように非現実的な輝きを放っていた。
(……どうしてホテルなんだろう)
一瞬だけそんな疑問が頭をよぎって、私はバッグの中のスマートフォンに視線を落とす。
お兄ちゃんからのメッセージには、約束の時間と一緒に「正面から入って、フロントに名前を告げろ」とだけ書かれていた。
胸の奥が静かにざわめいているのを感じながら、私は深呼吸をひとつする。
そして意を決して、タクシーを降りた。