愛しのマイガール
ロビーに一歩足を踏み入れると、思わず歩みがゆっくりになる。
厚みのある絨毯が、ヒールの音を柔らかく吸い込んでいった。磨き上げられた大理石の床に、天井から吊るされた大きなシャンデリアがきらめく。
流れているピアノのBGMに、私はほんの少しだけ足元がふわっと浮いたような感覚を覚えた。
「ご予約名を伺ってもよろしいでしょうか」
控えめに微笑んだホテルマンに名前を告げると、彼はすぐに丁寧に会釈を返した。
「専務よりご案内を承っております。スイートフロアへどうぞ」
「ス、スイート?」
思わず口にしたけれど、返事はなかった。
何が何だか分からないまま、彼が押したエレベーターのボタンが最上階を示しているのを見て息を飲む。
閉ざされたエレベーターの中、静かに、ゆっくりと上昇していく感覚だけが体を包んでいた。
「こちらでございます」
上階で待っていたスタッフに案内されて、私はまた長い廊下を歩いた。
ドアの前でスタッフがノックし、声をかける。
「月城専務。蓬来瑠璃さまがお見えになりました」
「入れ」
中からどこか聞き覚えのある声が返ってきた。スタッフが鍵を開けて押し開ける。そして深く一礼する姿を背に、私はおそるおそる中へ足を踏み入れた。
——香りが違う。
瞬間、そう感じた。柑橘系のルームディフューザーの香りに、高級ホテル特有の、無音のような静けさが重なっている。
広々としたリビング、高い天井、大きな窓から射し込む自然光。
一歩進むごとに、現実感が少しずつ薄れていくような不思議な感覚に襲われた。