愛しのマイガール

それから何日経っても、ネットの噂が落ち着く事はなかった。

けれど、私のいるフロアにはいつもと変わらぬ陽射しが差し込んでいた。窓際の観葉植物が風に揺れていて、オフィスの空気は、一見いつも通りに思えた。

私は席に戻り、淡々と資料の整理に目を落とす。
数字と進行管理のチェック。特別難しい作業ではない。でも、今日はなぜか集中力が続かなかった。

どこか、ほんの少しずつ、何かが違っていた。

すぐそばの席から漏れる声。廊下を通り過ぎる足音。視線を感じて顔を上げると、目が逸らされる。

どれも些細なことばかりなのに、それらが重なると、私の存在だけが薄くなっていくような気がしてくる。

(気のせい。……たぶん)

そう自分に言い聞かせて、私は立ち上がった。次の会議の資料を持って、少し早めに会議室へ向かう。静かな廊下を曲がると、目的の部屋はまだ鍵がかかっていた。

「早く来すぎちゃったかな……」

誰にも聞こえないように小さくつぶやき、私は扉のそばの壁に寄りかかった。タブレットを開いて予定表を確認していると、そのすぐ隣から声が聞こえてきた。

会議室の隣は、ガラス張りの簡易打ち合わせスペースになっている。

視線を向けると、社内の若手らしき二人がソファに腰を下ろし、コーヒーを片手に雑談していた。

私の立つ位置からは死角になっていたのだろう。こちらには気づいていない様子だった。
声は遠慮のないトーンで、静かな廊下に思った以上にはっきりと響いた。

「——でさ、また外されるってさ。蓬来さん」

その名前に、自然と手元が止まる。
< 164 / 200 >

この作品をシェア

pagetop