愛しのマイガール

「……ありがとう」

その一言が、ハルちゃんの口から優しくこぼれ落ちた。

私は彼が重ねていたスマートフォンに視線を落とすのを見つめていた。指先で画面をひと撫ですると、彼はすぐに言った。

「知り合いの弁護士にはもうアポを取ってある。早速だけど、明日、俺と一緒に会ってほしい」

「……弁護士、さん?」

思わず繰り返してしまった私に、ハルちゃんは静かにうなずいた。

「信頼できるやつだよ。ちょっと…いや、かなり無愛想だけど、腕は確かだ。俺がそばにいる。るりにこれ以上怖い思いなんて絶対にさせないから」

その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

「…うん」

私は小さく頷いた。

会話が一区切りつき、私たちはスイートルームの入り口へと歩き出した。

ドアの前でふと足を止めた。
お礼をちゃんと伝えられていない気がして、

「……あの、巴琉さん」

そう名前を呼んだ瞬間、彼がきょとんとしたように私を見て、すぐに苦笑を浮かべた。

「その呼び方はやめてくれ。よそよそしくて、なんか寂しい」

「……え?」

戸惑う私に、彼はまっすぐに言った。

「“巴琉さん”じゃなくて、昔みたいに呼んでほしい」

昔みたいに——。
“ハルちゃん”って、呼んでいた頃。

懐かしさと、少しの照れくささが胸に込み上げてくる。

「……でも、もう大人だし……」

私がそう返すと、ハルちゃんはほんの少しだけ笑った。

「関係ないよ。俺はずっと、るりにとっての“ハルちゃん”だから」

その声はあまりにもまっすぐで、言い返す隙すら与えてくれなかった。

私は少しだけ視線を逸らして、頬に熱が宿るのを感じながら、ゆっくりと口を開く。

「……わかったよ、ハルちゃん」

その響きが自分の口から出たとき、部屋の空気がふっと和らいだ気がした。

ハルちゃんは満足そうに、目をやわらかく細めて言う。

「うん、それがいい」

そして、私たちは並んで部屋を出た。

廊下に出た途端、冷たい空気が肌を撫でた。
でも、なぜかそれは心地よくて、少しだけ清々しく感じた。


< 23 / 200 >

この作品をシェア

pagetop