愛しのマイガール
「……ありがとう」
その一言が、ハルちゃんの口から優しくこぼれ落ちた。
私は彼が重ねていたスマートフォンに視線を落とすのを見つめていた。指先で画面をひと撫ですると、彼はすぐに言った。
「知り合いの弁護士にはもうアポを取ってある。早速だけど、明日、俺と一緒に会ってほしい」
「……弁護士、さん?」
思わず繰り返してしまった私に、ハルちゃんは静かにうなずいた。
「信頼できるやつだよ。ちょっと…いや、かなり無愛想だけど、腕は確かだ。俺がそばにいる。るりにこれ以上怖い思いなんて絶対にさせないから」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「…うん」
私は小さく頷いた。
会話が一区切りつき、私たちはスイートルームの入り口へと歩き出した。
ドアの前でふと足を止めた。
お礼をちゃんと伝えられていない気がして、
「……あの、巴琉さん」
そう名前を呼んだ瞬間、彼がきょとんとしたように私を見て、すぐに苦笑を浮かべた。
「その呼び方はやめてくれ。よそよそしくて、なんか寂しい」
「……え?」
戸惑う私に、彼はまっすぐに言った。
「“巴琉さん”じゃなくて、昔みたいに呼んでほしい」
昔みたいに——。
“ハルちゃん”って、呼んでいた頃。
懐かしさと、少しの照れくささが胸に込み上げてくる。
「……でも、もう大人だし……」
私がそう返すと、ハルちゃんはほんの少しだけ笑った。
「関係ないよ。俺はずっと、るりにとっての“ハルちゃん”だから」
その声はあまりにもまっすぐで、言い返す隙すら与えてくれなかった。
私は少しだけ視線を逸らして、頬に熱が宿るのを感じながら、ゆっくりと口を開く。
「……わかったよ、ハルちゃん」
その響きが自分の口から出たとき、部屋の空気がふっと和らいだ気がした。
ハルちゃんは満足そうに、目をやわらかく細めて言う。
「うん、それがいい」
そして、私たちは並んで部屋を出た。
廊下に出た途端、冷たい空気が肌を撫でた。
でも、なぜかそれは心地よくて、少しだけ清々しく感じた。