愛しのマイガール
「提出された書類には、榊翔真本人の署名も確認されています。問題なのは、その婚約の日付と、あなたが榊氏と付き合っていた期間が、完全に重なっていることです」
天城さんの言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「……じゃあ私は……」
声が震える。けれど、口に出さずにはいられなかった。
「“婚約者のいる男性と交際していた”と認識されます」
その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
恥ずかしさ、悔しさ、そしてどうしようもない恐怖。全部が一気に押し寄せてくる。
けれど、天城さんはすぐに続きを言った。
「ただし、」
一度だけ間を置き、私を見た。
「蓬来さんはその婚約の事実を知らされていなかった。これは交際中のメッセージや記録から明らかです。したがって、法的には“故意に婚約を壊した人物”とは見なされません。あなたが責任を問われることはありません」
その言葉に、ほんの少しだけ呼吸が戻った気がした。
「つまり、るりが慰謝料を払う必要はない。逆にこっちが訴え返すこともできる、ってことだな?」
隣から聞こえたハルちゃんの声が、私の肩を支えてくれるようだった。
天城さんは頷いて答える。
「はい。名誉毀損や精神的苦痛に対する慰謝料を求めることは十分可能です。ただ……」
少しだけ、声のトーンが落ちた。
「相手は九条グループですので、それなりの覚悟は必要になります」
その一言が、ずしんと胸にのしかかる。私は何も言えず、膝の上で両手をきゅっと握りしめた。
ただ、好きだっただけなのに。
ただ、信じていただけなのに。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
そのときそっと、手の上にぬくもりが重なる。
顔を上げると、ハルちゃんが黙って私の手を握ってくれていた。
「俺がいる。だから心配するな」
その言葉だけで、心の奥に絡みついていた不安が少しずつ溶けていくのがわかった。
「……私、本当に、何も知らなかったんです」
かすれた声でやっとの思いで呟くと、天城さんはこちらを見る事なく手元の資料を一枚ペラリとめくった。