愛しのマイガール
苑子さんはふと、視線を横に流しながら言った。
「“蓬来”という姓を聞いて、もしやとは思っていましたが……あなた、蓬来琥珀氏のご家族なのね?」
「……はい。琥珀は私の父です」
「そう。あの人の指揮する音楽は、一度だけ生演奏を聴いたことがあります。……世界的にも評価されている、立派な芸術家ですね」
言葉の一つひとつは丁寧で、けれどどこか客観的で、淡々としていた。
「お母様も作曲家で、お兄様は音楽プロデューサーだったかしら。家柄としては申し分ないわ。良くも悪くも、我が家に影響のないお嬢さん。……その点では、安心しました」
胸の内が、少しだけざわつく。
評価されているのは、私自身ではない。
それでも、突き放されないだけでも、今は何より大きな意味を持つ。
私は視線をそらさずに、まっすぐ苑子さんを見て、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。これからご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
苑子さんはしばし黙ったまま、私の言葉を受け止めるように見つめ——そして、ほんのわずかに頷いた。
「……巴琉があなたを選んだということ。それが、今はすべてでしょう」
それは、許可でも祝福でもない。
ただ、今日この場に立つことを"一応は"認められたというだけの言葉。
けれどそれは、私にとって、初めて踏み出した“月城の世界”での小さな第一歩だった。
隣で、ハルちゃんがそっと私の背に手を添えた。
何も言わず、ただ静かに、私の決意を支えてくれているような仕草だった。