愛しのマイガール

案内されたのは昨日ちらりと覗いた応接とは別の、窓の大きな部屋だった。広いガラス窓からは朝日に照らされた庭の芝生が見える。

その手前に、小さな丸テーブルと二脚の椅子。そして、その上には温かそうな朝食。

ハルちゃんが私のために用意してくれたごはん。そう思っただけで、重くなっていた気持ちが救われた。

「るりの好きなほうれん草のスープ。無理はしなくていいから、少しだけでも食べて」

「……ありがとう。すごくうれしい」

口に運んだスープは、想像以上にやさしい味だった。じんわりと体に染みて、昨夜の緊張が少しずつ溶けていく。

だけど向かいに座るハルちゃんの表情は、穏やかなままでも、どこか少し張り詰めていた。

私は、そっとスプーンを置いた。

「ねえ、さっき言ってた“話したいこと”って……九条さんのこと、だよね?」

一瞬、彼の眉がわずかに動いた。

「……ああ。隠すつもりはなかった。ただ、言葉を選びたかった」

ハルちゃんはまっすぐ私の目を見てから、低く静かな声で話し始めた。

「昨日、正式な通知が届いた。差出人は九条薫子。“自分の婚約者を奪った”として、るりに対して慰謝料を請求してきた」

一瞬、思考が止まった。頭が真っ白になって、心臓が少し跳ねたあと、強く沈む。

「……私が、奪った……」

震えるように呟いたその言葉は、自分のものじゃないみたいだった。

「違う。るりは何も悪くない。榊が婚約していたことは、記録のどこにも出てこない。るりに知らせた形跡も一切なかった」

「でも、彼女は……九条さんは、そう思ってるんでしょ?“私が奪った”って、本気で……」

自分の知らないところで、悪意が形になって動いている。真実じゃなくて、誰かの一方的な言葉だけが世界に広がっていく。

怖かった。
どうしようもなく。

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