愛しのマイガール

英子さんは静かに頷くと、重厚なデスクの引き出しから一冊の手帳と細身の万年筆を取り出した。

「早速ですが、まずは本日からのレッスン内容の全体像を共有しておきます」

手帳を開くと、中にはびっしりと細かい字でスケジュールが書き込まれている。それはまるで、大学のシラバスのような精密さだった。

「こちらが一週間のカリキュラムです。基本は午前は礼法と所作、午後は月城グループの事業概要や、主要関係企業・社交関係者についても資料を通して学んでいただきます」

私は思わず手帳をのぞき込んだ。
企業名や役職、略歴らしき情報までびっしりと並んでいる。きっとこれは、単なる“社交のため”ではない。

「社会的立場を持つ方々とのお付き合いには、最低限の知識と心構えが必要です。実際の会食や行事の前に、形式だけでなく背景まで把握しておくことで、緊張を減らすことができます」

「……すごく、本格的なんですね」

思わず圧倒されたように返すと、英子さんはやわらかく目を細めた。

「“月城夫人”という肩書きは、確かに世間が作り出したものかもしれません。でもそれを“中身”に変えるのは、瑠璃様ご自身の意志と日々の積み重ねです」

私は小さく頷いた。

「……はい。頑張ります」

英子さんは満足げに一度うなずくと、机の向かい側に立って私に視線を向けた。

「では、立ってみてください」

姿勢を正す。背筋を伸ばし、胸を張る。

「つま先は軽く開いて。首筋から背中に一本芯を通すように意識して……そう。とても綺麗です」

その一言に、思わず頬がゆるむ。

「それでは、部屋の向こうまで歩いていただけますか?」

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